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スーパー・アドビ様式で瞑想堂を建てる【オーストラリア9000キロの旅2】 [旅・キャンプ]

どうして旅にでることになったかは、前回のブログ「ヒーリングの旅に出る」でお伝えした通り。9月から旅へ向けてガレージセールで家財を整理し、最初の目的地はビクトリア州のスーパーアドビ・ワークショップへと向かいます。

スチュアートはかねてからナチュラルビルドの家、すなわち自然と同調して建てる家にとても興味があり、今回のワークショップを心待ちにしていました。ナチュラルビルドの家には、以前住んでいたオーディンガ・アート・エコビレッジ紹介のブログ(←記事へリンク)でも触れましたが、アメリカ大陸でみられるようなアドビやストローベイル、南アメリカで見られるコブ、マッドブリック建築、イギリスなどではすでに幅広く使われ始めたヘンプクリーク素材(麻の繊維と消石灰で造られたコンクリート)、斜面に地面を掘りタイヤやボトルなどで断熱材でつくり、どちらかというと半地下状態のアースシップ建築法など、様々な様式があります。


西洋文化の歴史が比較的若いと言われるオーストラリアで、ナチュラルビルドの話しを耳にすると、ついつい日本や欧州を思い出します。古い建築の歴史がある国で、自然に調和するような建造物といえば神聖な祈りの場所。その当時に建造されたものは、ダウンジングで見つけ出すレイライン上や、風水でいう龍脈上に建築されており、建材には地元で採れる石、土や木が使われました。有力な権力者の勅令で建てられることが多いため、建造物だけでなく内部は彫刻や絵画など贅沢な仕様なのはあの頃の遺産とも呼べましょう。



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ワークショップ初日。私たちは広大な敷地に自宅とフード・フォレストとヨガ、瞑想のリトリートセンターを創っているオーナーで、同じく広大で深い心の持ち主アチンチャと共に、敷地内の(上記写真左にある)大きな木の下で集いました。



これから3週間を共にするメンバーは、総勢17名。ワークショップを率いるカリスマのヘイ殿(ヘイデン)は、ニューメキシコ州タオスでスーパーアドビ建築法の修行をみっちり受け、現在は国内でその分野を力強く牽引する一人です。彼のチームは、揃いも揃った強烈な個性の集まりで、オーガニックキッチン担当のイケメンなオリエンタル美女エルキー、音楽・IT専門家で、気功・発酵飲料の講師でもあるジェティ(今日現在、千葉県でツリーハウスを建築中)、香港のビル暮らしから今やティピに暮らす写真・撮影家でやたら網代笠が似合うクリス。そして青空シャワー、コンポストトイレ、暖炉、家、音楽から美術まで幅広く何でも造っちゃうロビ衛門はニックネームです。


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《↑はしごからロビ衛門を指示するヘイ殿》

...ロビ衛門はこのワークショップの前にヘイ殿と出逢い、意気投合して弟子入り。現代の日本の感覚からは理解しにくいけれど、彼は自国(出身国ではなく“ロビ衛門独立国”)の主権を主張し旅するアーティスト。南アフリカ生まれでイギリス人だけどパスポートを持たずにオーストラリアに住んでいる者も。移民があふれた時代にシステムから「漏れた」のだそうです。



集まった参加者も個性的な面子ばかり。地元から参加したのはツール・グルーの(いわゆる何でも作っちゃう)ダズだけで、クィーンズランド州から参加したのはヒッピーのアメリカ人クリステンと愛犬ヅィギー。メルボルンから車を飛ばしてきたのは、サーカスのように木や足場をほいほい登るスザーナ。海外からは、最高齢イギリス出身の辛口批評家キャロル。2人のフランス人はパブリックスピーチが得意でピエロ役なジュールと、IT会社に勤める無口で働き者のシルヴァン。自己紹介の途中で、真緑のキャンパーバンから"Kia Ora!!(マオリ語でキアオラ、「こんにちは!」)"と叫んで登場したのは、ニュージーランドから駆けつけた福祉ケア・マネージャーぶっ飛びアッシュとラグビー選手でNZラッパーのディクランでした。


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《↑初日 アーチ建築法を学ぶ》


全員が同じ敷地上でキャンプし、毎日8時間以上の肉体労働を行います。野外キッチンで料理し、同じ釜のオーガニック飯を食べ、ソーラーシャワーで泥を落とし、溜めては空けのコンポストトイレで用を足し...。飲み水の補給や台所食器洗いなどは交代または連番製で行います。夜は満天の星空の下で火をおこし、ギターの優しい音と共に、誰もが自由に歌や詩を披露しました。ある晩は、非暴力コミュニケーションについて学んだり、またある晩はお互いに推薦するドキュメンタリーを観たりと、家族のように濃い時間の連続でした。


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《↑現場はキャンプ地から徒歩20歩》





さあ、どんどん長くなりつつあるので、一旦ここで区切ります。次のブログ、【仮のワタシから『真の私』へと】に続きました...ましたが、記事自体が消えてしまいました。不要だったということ?濃すぎるがゆえ改めて書けないので、読んだ人はラッキー(なのか不幸なのか?)

ということで、次の記事はちょっと軽めに観光案内系【ビクトリア州 ヘップバーン温泉】へと続きます。



最後に、建築現場を早送りで撮影したこの動画、貼っておきます↓







↓注釈↓
※オーストラリア大陸の人間社会の歴史はまったく若くはありません。

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オーストラリア先住民族アボリジニの歴史は地球上でも最古の歴史を持ち、一説に、その先祖は15万年前に南インドから到着したと言われています。オーストラリアには700以上の部族が遊牧民として厳しい自然と共生していました。欧州やアジアに見られるような人口的建造物はありません。自然崇拝した岩や木や川、各地にある壁画やウルル(エアーズロック)は広く知られるところです。また「所有する」という概念がなかったため、家や土地を所有することはなく、「共有するこ」とが一般的でした。白人入植後には疫病や殺戮、アボリジニの新生児を奪い白人家庭に里子に出す制度が施行され、その悲しみと怒りはアボリジニの人たちの心に今も残っています。アボリジニの歴史は、アメリカ南北大陸先住民族含め、世界各地の自然と調和して暮らしていた先住民族の暮らしが、経済発展の名の元に剥奪されている数多い例のひとつにありません。



※フードフォレスト

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哲学者の福岡正信氏が広く広めた概念=【自然農法】の子というべきか。その自然農法のオーストラリア版とも呼べる【パーマカルチャー】の概念に沿ってつくられる、肥沃で自律した「食べられる森」のこと。環境を損なうのではなく、もともとある自然の生態系をつくり(戻し)、そこから豊富な野菜やフルーツを生産します。パーマカルチャーは砂漠を緑化しフードフォレストへと変える力があります。実際にパーマカルチャー(自然農法)で地球に緑を増やせば、もう飢えはなくなるでしょう。 また、去年パーマカルチャー第一人者の親友の家に住んだ際は、完成されたフードフォレストで次から次へとフルーツ、野菜、ハーブが生産されるさまは、まさに驚異的で歓喜でした。彼は、最近パーマカルチャーの第一人者が集う国際ワークショップに参加したとのことで、オーストラリアはその分野において国際的先進国ということが改めて認識されたそうです。アメリカ合衆国からの参加したパーマカルチャーの専門家は、今アメリカは90年代のオーストラリアを追っているところ、とコメントしたそうです。(ロシアの家庭菜園保有率にはとうていかないませんが)オーストラリア国民の4割以上が家庭菜園を持っており、もちろんそれは有機または農薬不使用の菜園です。もはやパーマカルチャーは、日本の「漢字検定」(?)のように誰でもどこからでも知識を得られ、そして実践しやすい存在です。エコライフを実践するものや、エコビレッジ住人の間ではきわめてポピュラーな存在となっています。

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