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自然界のエレメント × 魂の癒し【オーストラリア大陸9000キロの旅】12 [旅・キャンプ]

ご縁とは不思議なものですが、そんなこんなで参加することになったレアなセレモニー。その流れはひとつ前の記事、こちら←からどうぞ。


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大御所アンティ・ミニーを通して、豪州政府から正式に招聘されたシャーマンの名は、マヌ・サイ・マラスケス
ペルーのシャーマンの家系に生を受け、ブラジルで生まれ、幼少時代をインドで過ごしました。インカ伝統をひきつぐシャーマンおよびメディスンマンでありながら、インドの(シルディおよびサチャ)サーイ・バーバーの門弟であり、ヒンドゥーの司祭です。

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《幼少期のマヌ・サイと、シャーマンである父インティ・セザールと母アーナンダ・マイ(1976年頃)》


彼がこの度オーストラリアで執り行われたセレモニーは、政府に奪われたアボリジニの子どもたちと大地の魂を鎮魂する目的で、2016年1月1日にクィーンズランド州からはじまり、ニューサウスウェールズ州を経て、アボリジニにとって生命の水とされるヴィクトリア州マレー河まで南下する日程で行われました。儀式は朝から夜まで続き、期間は約一ヶ月にもおよびました。


私は、2016年新年に、真の『虹の戦士』に出逢いました。オーストラリアでは彼らのことを、“Rainbow Serpent”巨大な蛇虹と呼びます。干ばつの続く赤茶の大地に、雨の恵みと創造をもたらす伝説的な存在です。南米アメリカ大陸や世界中のあらゆる地域と同様、この国でも平和の戦士たちは光と希望を持って屈せずに立ち向かい続けていました。人間の魂と高次なる存在との神聖なる関係を取り戻すために...



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《マヌ・サイと長老たち、右端はミリアム・デヴィ》



オーストラリアでは伝説的存在のネッド・ケリーの孫、ニュージーランドからはマオリ族の女性、オーストラリア女性と、この3人が、マヌ・サイとその妻ミリアム・デヴィとアンティ・ミニーを引率していました。参加者は、他州からやってきたアボリジニの長老衆を軸に、アボリジニの若者、(例のドリームタイムでつながる)アボリジニのために働くヒーラーたち、雷に300回打たれた経験を経て、患部に手を触れるだけで様々な不調を治癒する伝説のヒーラー「Lightening Bird(雷鳥)」、バイロン方面からのセラピスト達、そして突然参加したスチュアートと私でした。


この度のセレモニーで出会うことができた長老と若者たちの生の声を通して、頭では理解しがたいほどに過酷で悲しい現実が、世界各地で起こっているのと同様、アボリジニの間でも現在も今日も続いていることを知りました。1970年代まで続いた大規模な白人同化政策すなわち国や教会が数万人以上の子どもたちを強制収容した時代は、「盗まれた世代」と呼ばれています。愛する子どもと引き裂かれ、国が親権を剥奪したために、異国へと里子に出されて子どもと会えないケースはありふれていました。たった40〜50年前のことです。私の目の前には、悲嘆と怒りを持ち人たちと、すでに乗り越えた強い愛と希望で平和に解決しようとする人たちが入り交じっていました。


ある日の儀式で、マヌ・サイは、準備もなくとつぜん身体を去った魂たちが、この世とあの世の狭間で迷っていることに触れ、*ヒンドゥーの火の儀式(ヤグナ)を行いました。



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彼がマントラを唱え、火の魂が目覚めて魔的な力でその場を包むうちに、私の身体に雷のような光が走りました。地面の奥深くからやってきたエネルギーが、私を介して、天へと一直線に昇ると同時に降臨している同時の感覚です。実はちょうどその時、私の心には、東北地方大震災で旅たった魂たちと、過労で麻痺し、身体を抜け出してしまう魂たちがちらちらと訪れていました...


大震災の直後、(私は世田谷の自宅にいましたが)突然に肉体から離れた魂が行き場がわからずに、私のもとへとたくさんやってきました。夜寝ている間にやってくるのですが、もちろん私が呼んだわけではありません。あちらの方から、助けてくださいとやってくるのです。このようなことは初めてではなく、学生の頃には、怪奇現象を経験しまくって怖がる友達がお願いしてくるので、お経を唱えたり、念を送ったりして、迷える魂を光で散らしていました。3.11後には、太平洋戦争の地上戦後に、鎮魂のために般若心経を唱えたという元兵士さんの話を思い出し、すぐさま般若心経を唱えました。私自身を禊ぎながら、朝と夜にひたすら読経しました(仕事の時間以外ですよ)。「私は、この世でのあなたの迷いや思い残しをどないにすることもできません。あの世への扉を開くので、光の方へお進みください。」そんなことをしていると、一週間程で夜な夜なの魂訪問は終了いたしました。


そして2016年新年のこの儀式。
大震災と大都市の迷える魂たちがふと思考に現れた瞬間に、私に起こったことはこれ、

雷が身体を走りはじめた瞬間に、自然とチャネルを開けなければと、蓮華座から立って両足開いて仁王立ち、天を向いて口をあけ、その直後口から産まれてきたのが、


ぅアぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!



地響きのような大声が大地の根底からつきあがり、天へと昇っていく。涙がどんどんと溢れでるうえに叫びは永遠に終わらないように感じました。後で聞くと、一分ほど続いたようです。終わったあとには、それはそれは穏やかで静かすぎる真空のようなスペースが訪れました。



この日、私の内側にあたらしい光が生まれました、それは、まぎれもなく、まさかの、



希 望




たくさんの痛みや、人の心を悲しませるような現実が、あなたの人生にも、もちろん私の人生にも、家族や友達にも、社会で、国で、地球全体で起こっています。都会の夜は眠らないのにその裏側は真っ暗です。体裁を整えて、笑顔でいても、その裏側は真っ暗。何をしても、どうしても闇の力が浸食していく。どうしてこんなに暗いんだろうと感じていました。目をつぶると暗い、睡眠中も暗ければ、夢すらもダーク、そして目が覚めて活動している世界も、暗いことがたくさん起こっています。暗がりの中で迷う人の魂が光を得る(en-lighten)ためには、私は何ができるんだろう。それが私の長年の疑問でした。


ヤグナで経験したのは、まるで一本の図太い希望の光が雷のように暗闇をまっ二つに切り裂いた姿。途端に、一瞬にして光の粒がスローモーションで拡散し、みたこともない力強い光でくまなく照らされていく...。これこそがまさに希望なのだと、頭での理解を超えて、体感しました。闇があるからこそ、生まれる光、闇の中から生まれるのが希望。そして火には暗さを拡散し昇華させる偉大な力があることを、まるで旧い記憶から取りもどしたようにも感じました。


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またある日には、植樹の儀式を行いました。魂を癒すことを目的とした儀式です。
マヌ・サイは、ものすごいエネルギーを大地に響かせた私を気にかけ、儀式の前に脈を診てくれました。優しく慈愛ある言葉が、ピンポイントな過去とともに発せられた後、7本の苗木を植えるように勧められました。

この*7という数。それは、この世で受ける7つの心傷(トラウマ)を手放すためです。

木に心の傷をたくし、苗を大切に植える瞬間に、トラウマを母なる地球に還します。ひとつひとつの心傷が与えてくれたことに、ありがとう、ごめんなさい、ゆるしてください、愛していますとホオポノポノをしながら手放していきます。

苗木は毎日、太陽と雨の恵みを受け、土壌中の微生物とともに、少しずつ成長していきます。柔らかい茎から、強い幹へと成長しながら、栄養を一所懸命に受取りながら、地中深く天高く伸びていきます。力強い根をはり、しなやかに支える幹を軸に、上へと伸びる。光の方へ、成長しよう、伸びようとする木の意思が、若葉を生み、やがて花を咲かせ、実や種をつけはじめる。私の魂もそれと同じように、木と同じように光を向いて生きていくのだと、しっかりと心のなかで唱えながら植樹をしました。

この日、7つの苗木を植えた後、続けて7本の苗木も植えました。この木々が、数年もすれば数メートルの高さになり、私の肉体が地球に戻った後も、次世代に食糧を与えてくれることでしょう。立派で強い木となり数世代後には家をつくる資材になるかもしれません。木がもたらす恩恵に気づく続く世代が木を植えることで、私たちは私たちに対して、先祖代々、酸素、日陰、食べ物、家、そして愛を貢献していえることに他なりません。

この植樹が終わってからも、機会があれば努めて植樹をし、2016年の一年間で140本ほどの木を植えました。植樹をしたことで私たちが得られる糧は貴重で、人を人として成長させてくれるような、魂にも地球にも最善の恵みとご利益のあるものです。


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東京にいたころには、火の儀式をするスペースも、木を植えるスペースもありませんでしたが、長い歴史を持つ地球人はそれを日常として生きてきました。これらは、ファッションやジェスチャーで行うものではありません。人間としての魂が渇望するからこそ、私たちという神聖な存在ともう一度つながるために行うものです。寂しい、悲しい、怖い、怒りがち、無感覚。そんな人にこそ、心をこめて、自然界のエレメントとつながることが必要です。どれほどの深い癒しが私たちの魂訪れるかは、経験してみることで感じることができるのだと思います。


もしも、心に深い傷が刻まれているのであれば、どうか木を植えてください。木を植えたい、木を植えたいと毎日唱えて、木にありがとうと伝え、通勤途中に立っている木を触ることからはじめてみてください。木の精霊が、きっとあなたに想いに語りかえしてくれることでしょう。



*ヒンドゥーの火の儀式(ヤグナ)・*7という数
ご参考までに、こちらのリンク『ヤグニャ』をどうぞ。
http://www.sathyasai.or.jp/ashram/festival/yajna.html



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