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オーストラリア・パートナービザ取得への道4【4ヶ月でパーマネントビザ取得?】 [国際結婚・永住]

このブログは、第一章で書いたブログ【オーストラリア・パートナービザ取得への道3 タイから帰国、ビザ取得!】の続きです。


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本編前に、簡単なおさらいからはじめます。(括弧内は起こった場所)

[足]2013年6月 
日本国内から、在韓国オーストラリア大使館を通して、テンポラリー・パートナービザを申請しました。(東京、日本)

 


[足]2013年8月 
テンポラリービザがおりる時期が謎なので、観光ビザサブクラス600を申請しました。(京都、日本)

[足]2013年9月 
とりあえず、片道航空券でオーストラリアへ飛びました。(アデレード、オーストラリア)




[足]2014年6月 
テンポラリー・パートナービザがおりました。(プーケット、タイ)




[足]2015年6月 
オーストラリアのビザ管理局から、パーマネントビザに関するメールがきました。(アデレード、オーストラリア)

「〜(※)の場合、パーマネント・パートナービザの申請ができます。」



「〜※」部はもう記憶があやふやなのですが、その内容は、オーストラリア入国後またはテンポラリービザ取得後から、2年間をオーストラリア国内で過ごした場合、パーマネント・パートナービザが取得できるとかいうことでした。


※を私の場合にあてはめると、2015年の2ヶ月間を日本で過ごしたから、申請できるまたは取得できる時期が最短よりは2ヶ月伸びるわけです。上記の仮説でいうと、2013年9月に入国してから2年後である2015年11月以降にパーマネントビザ申請ができるということか、もしくは2014年6月にテンポラリービザがおりたから、2016年8月以降にパーマネントビザが取得できるということだ、、ろうか?

日本にいたころより情報が取りにくいのは完全に気のせいで、日本にいた頃から、オーストラリア永住ビザ関連の情報は散漫でとりとめなく得にくかったです。今目の前にあるメールが「申請準備に入ってください」というなら、申請準備に入っちゃえ、ということで憶測で←憶測?
申請準備開始。


[足]2015年9月 
オーストラリア9000キロのヒーリング旅へ向けての出発準備に追われるなか、書類を揃えました。

今回は、すべてオンライン申請ができ、完成まで計1ヶ月掛かりました。確か40ページ近いウェブ申請書の細かい内容を埋めていったように記憶しています。パスポートや銀行口座を含むいくつかの法的無犯罪証明書も必要でした。
私は銀行口座もタックスナンバーも免許書も持っておらず、提出できるものがない。とりあえずは銀行口座を開いてタックスナンバーは得ました。また、私たちはローンやモーゲージフリーな暮らしを実践しており、車もキャッシュで買い、電気代も水道代の支払いも発生しない暮らしなので、共同名義な証明書や法的な証明書はほとんどありませんでした。
なので、コミュニティで関わった際に撮影された写真や感謝状、またエコビレッジの友達から、多くの心こもったまことの言葉で書かれた証明書をJustice of Peaceに証明してもらい、提出しました(日本にて、行政書士などに証明してもらう際は、その度に数千円掛かっていましたが、オーストラリアで証明を受けるのは無料)。エコビレッジの友人達は、ビザが取得できるよう全面でバックアップしてくれると言ってくれ、言葉だけでもほんとうに力強い存在でした。

あとはエッセイ。私たちがどういう暮らしを実践しているか、どのようなビジョンがあるか、どんな関係を築いているのか、どんな人生を歩いていきたいのか、など。お決まりですね。

今後数ヶ月住所不定に成るということは口がすべっても言えないので、美しく素晴らしい国オーストラリアを愛でる旅に出る予定です、とだけ書き、すべての書類を提出し終えました。


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そして、オーストラリア大陸9000キロのヒーリング旅へ出発したわけです。

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全身全霊で旅にどっぷり浸かっているあいだ、ビザのことなど全く忘れていました。
それは、オフグリッド(完全自給生活)のビレッジで、パーマカルチャーのお庭で働き、野生の動物や草花とたわむれ、同じ志をもつ仲間と踊り、歌い、ビーチで焚き火をして、キャビンに帰ってきた夜でした。


「重要なお知らせです」とイミグレーションからのメール。申請をしてからたった4ヶ月後。申請後受理しましたもふもへもなく、いつもとつぜんやってくる入国管理局からのメール。内容はもうわかっていました。


[足]2016年1月
パーマネント・パートナービザがおりました



ということで、上記のの内容は未確認。今回私が申請した時期は、オーストラリアに入国してから1年10ヶ月しか経っておらず(←2年経っていない)、結局ビザがおりたのは予定より7ヶ月前倒しの2016年1月(←2年経ってない)...よくわかりませんが(笑)この疑問を解くつもりはなく、次の、(たぶん)5年後にやってくる、市民権の取得まで、ビザ&書類フリーな生活を楽しみます。



そうそう、その頃住んでいたのは、ニューサウスウェールズ州のイーストコーストで、
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セビャーナス(ジプシーのフラメンコ)の練習をした夜に、ビザがおりたメールを確認しました。
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日々、心配ゴトはあって当然。でもそれを超えて「今」ある環境で、心を開いて、「今の私」を楽しむのがベストです。


オーストラリア・パートナービザ取得への道4【タイから帰国、ビザ取得!】 [国際結婚・永住]

今月(2014年6月)、オーストラリアのパートナービザを取得しました[ぴかぴか(新しい)]

在韓国オーストラリア大使館に、私の申請書類が受理されたのは昨年(2013年7月)。私は日本にて、スチュアートはオーストラリアにて、2人で国際郵便とスカイプを通して書類作りをし、大使館へ書類を提出しました。(これまでのプロセスは、オーストラリア・パートナービザ取得への道1〜3をご覧ください♡)


ところで、なぜ韓国のオーストラリアの大使館に申請したのか疑問に思われます。
[ー(長音記号2)]理由1. 在日オーストラリア大使館の、パートナービザを扱う部署が撤退した(予算不足と思われる)

[ー(長音記号2)]理由2. 夫婦が別々の国から申請した方が、ビザがおりる時期が早い
(別居を考慮してなのか、スチュアートと共に私もオーストラリアに行き、同国で申請する方が長くなる)

一方、このような難儀も発生いたします。
[ー(長音記号1)]難儀1.パートナービザを大使館に申請中、夫がいるオーストラリアに行くために、オーストラリア国内の移民局で、別で旅行者【家族引き寄せ】ビザを取得しなければならない

[ー(長音記号1)]難儀2.パートナービザがおりる直前に、海外に出国しなければならない


昨年、申請書類を作っていた頃、穏やかに考える暇もなくひたすら申請書類を作成しました。ちょうど東京から京都へ引越し、京都での仕事がはじまろうかという頃で、本当は移民局関連の弁護士や行政書士に依頼する方が簡単なのですが、性格上自分でやりたくてやりました。
...いつの間に書類作成好きに?



ということで、今回、5月初旬に大使館からメールを受け取り、1週間以上を国外で過ごす必要があることを知り、タイへの航空券を手配しました。6月初旬にはオーストラリアを出国。20代からご無沙汰していた「バックパッカーな旅」で、ホテルも当日決めながらプーケットをぐるっと周りつつ、最後に姉と一緒にした離島へのクルージングもしてきました。初日にタクシーでボラレ(違う場所でおろされ、振り向くとタクシーいないし)、市場では「楽しい」をよゆうで通り越して疲労困憊の価格交渉、注文した物が待てど待てどこず困った顔して再確認すると「カー、カー(OK~OK~)」と笑顔で笑い続けるタイ人。あー、タイはいつもこうだった。「Welcome to Thailand」とスチュが皮肉って私に言うと、近くにいたレディーボーイに「まるでタイ人が全員そうだっていう風にいわないでよね!」ってたしなめられるそんなタイ、でもやっぱり好きなタイ。。。

さてタイから帰国した際、再入国カードの裏面に何をどうチェックしていいかわらかず、チェック欄を空欄にして提出した際、職員に「なぜ空欄にしたんですか」と問われ、「ここを通過するタイミングで、私はどのビザを持っているか知りません」と答え、その後質問もなく「OK, Thank you.」で入国審査を完了。すべてが電子上で行われるため、スタンプも書類控えもなく、たぶん、、、パートナービザを取得したはずです(爆)。

下記のようにご報告申し上げます。

 期間:申請してからパートナービザがおりるまでの期間、11ヶ月
 費用:トータルで約¥400,000-(ビザ取得直前の出国費用含む)


ちなみに、タイを選んだのは、近くてお得だから。アデレード空港からの航路が開いたばかりのAir Asia 航空を利用しました。一人で行くという選択肢は私たちの間にはなく([揺れるハート])スチュアートも一緒に旅しましたが、彼の旅費分は上記のトータルに含んでいません。


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プーケットを選んだ理由の一つに、実はスチュアートの旧友ピートが暮らしてることもありました。彼らは若かりし頃にヨーロッパ大陸をフォルクスワーゲンで放浪した仲間で、現在彼はプーケットにてクルーズ船で働いています。

スチュアートとピートは、この度の突然の再会を心から楽しみにしていました。ちょうど雨季(モンスーン)に入ったタイは観光客激減のオフシーズンですが、天候には恵まれたので、ほぼ毎日を一緒に過ごすことができました。私も、彼のおかげで、今回の旅はとても刺激的なものとなりました。

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【ナイハーンビーチで遊ぶオトコたち】

生みの親を知らないピートは、海を愛する里親に育てられ、海で育ちました。自然と海に魅了され、船舶国際免許を取得し、船を所有しキャプテンとして世界の海で働いてきました。若い頃からタイに惹かれ、いつしかタイに辿り着き、現在は小学生の可愛い息子と2人暮らし。「外国人(特に男性)」に生活上規制が多いタイにて、息子と2人で身動きができない現実だそうです。彼がわざわざ自由の少ない国に移り住み、シングルファーザーになったのも、彼の人生にとって偶然ではなく必然なのでしょう。彼が目の前にある尊くて確かな愛を、時に悲しみや怒りにとわられながらも、必至でつかんでいる姿を垣間みました...。オーストラリアとタイで距離はありますが、これからはもっとこまめに連絡を取り合うことを約束し、タイを後にしました。

....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*


クリスと3人での濃い毎日を過ごし、2回目の入籍記念日を経て、ビザを取得し、オーストラリアの家に帰宅してから、自然とスチュアートとの関係がまた一段と深まっていました。お互いに、人生を深くみつめる目(第三の眼)がパっと大きく開いた感覚です。今を生きることを新たに決心し、2人が一緒になった現実をもっと深く、自然と抱きしめられるようになったように感じます。

結婚3年目。これからも、成長していく魂と一緒に、私たちも共に成長していきます。

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今後ともスチュアートとヒロコをよろしくおねがいします[晴れ]
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オーストラリアパートナービザ取得への道3【即時退国命令のメール】 [国際結婚・永住]

2014年5月初旬の朝、お日柄もよくメールボックスを開けると韓国にあるオーストラリア大使館から一本のメールが。タイトルは、

[mail to]「ただちに出国しなさい」

ちょっとドキっ。


去年(2013年)、私たちは4月〜9月までの期間をオーストラリア(アデレード)と京都で別居し、その間に「夫と妻が別国にいる条件下」でパートナービザを申請しました(過去記事は→こちら)。ビザ取得までに掛かる期間は、最低1年ないし1年半以上と言われ、韓国にあるオーストラリア大使館に申請して大使館から「受け取りました」のメールがきてからは、何の音沙汰もありませんでした。
ちなみに現在、私が持っているビザは、オーストラリア国内にある移民局で取得した「旅行者ビザ【家族引き寄せカテゴリー】」。パートナービザを申請した大使館と、旅行者ビザを取得した移民局は全く別機関なため、大使館のことは去年書類を出した時点で軽く忘れていました。

[mail to]「あなたはこの時点でオーストラリアに居るべきではありません」


「コノ時点」??と思って読み続けると、「パートナービザ取得の最終手続きに入るので、国外に滞在して、処理完了を待ちなさい」ということ。

そう、早い話しがこのメールはパートナービザがおりますよというメールなのでした。

もうちょっと親切な書き方ないの...



続いて、
[mail to]「1ヶ月以内に出国しなさい、また海外での滞在期間は最低5日、以上。」


ちなみに、旅行者ビザのステイタスで滞在している間は、仕事はもちろん不可。出国する際も、その分の予算があって当然という大使館のスタンス。ビザ申請費用は約30万円、ビザがおりる直前には出国費用と滞在費用が必要。費用不足だとビザ取得をお見送りですよ〜[手(パー)]ってあり得ないけど豪強気

ということで、私のパートナービザは、去年の申請から12ヶ月でおりる予定です。旅行先は、暖かくて近場でビーチ近く、、、今もビーチ近くだけどさらに赤道近くで予定をしています。そして帰国日(イミグレーションを通り過ぎる時)がビザが降りる日、そして帰国日が私たちの結婚3年目の初日になります[演劇]


   *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚


さて、この有り難いメールを受けたのは、日本から親友ヨーコが訪れていた間。彼女に持ってきてもらった日本からのお土産が私たちの心とお腹をいっぱいにしてくれた後、このドライなタイトルのビザ取得のお知らせがありました。親友と一緒にお祝いできたこともよい思い出です。

彼女は日本では福の助、あ、足袋メーカーだ、じゃなくて『福の神』と呼ばれるくらいの福を呼び寄せる天使で、私と旦那さんにとっては、ヨーコがうちに来るとだいたい何か大きな課題を乗り越えて善いことが起こるので、【ガーディアンエンジェル(守護天使)】や【キューピッド】と呼んでいます[黒ハート]

ヨーコがエコ・ビレッジに数日滞在した後、私たちは一緒にシドニーに住んでいる親友のもとへ飛びました。17年前にNZは首都ウェリントンにかつてあったポリテクに通った親友。同じ寮のフロアに住んで、寝食をともにして濃い時間を過ごした仲間です。


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(左)サモア出身クォーターチャイニーズでNZ国籍、シドニー在住のTui
(右)【福の神】ヨーコ

学生時代はTuiを尋ねてサモアに行ったり、彼女と旦那さんの出身国であるフィジーでの結婚式に参列したり(学生時代からのおつきあいで結婚♡)、また彼女はその間2年間を日本で過ごしたりと、、きっと私たちはソウルメイト。国境をまたいで今生も出会ったのだと思います。

また、携帯を3つ持って働きまくる超ビジネスマンな華僑の旦那さんは、抗がん剤治療により2年前にガンを克服し、その後2年間は中国漢方と食事(医食同源の国!)、そしてグルテンフリーでガン細胞の再発可能性をぬぐい去りました。現在は、携帯2つ持ち、お金の為ではなく「世の善のため」にお仕事に励んでいます。

グルテンフリーな中国、モロッコ、日本の料理を、Tuiの旦那Lesterが披露してくれました
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出会った17年前は人生に意気揚々とし、健康など無頓着だった私たち。大学を卒業し、仕事に励み、行くべきステージへ到達し、そこで心身を崩し、健康の意味を知った今、ライフスタイルやワークスタイルを方向調整しているところです。久しぶりの再会でしたが、あの時と同じくらいの熱い情熱を持って人生について語る姿勢はまったく変わっていません。

与えられた人生の要素は違うけれど、心の底では強く繋がっていることを感じ、共に健やかで豊かに生きていこうと強く再確認した、ビザ取得と親友との再会の巻でした[ぴかぴか(新しい)]


オーストラリアパートナービザ取得への道2【別居で知る諸法無我】 [国際結婚・永住]

2013年2月
私はスチュアートと二人で、彼の故郷オーストラリアはアデレードへ里帰りしました。私たちはそこで未来を垣間見ました。そして、それを実現するため、すなわち私がオーストラリアへ永住するため、2月に1年計画を立てました。それは直感に従って作ったもので、なおかつ最も経済的で、精神的負担が少ないプラン。もちろん、和道のポール師匠のアドバイスに則ってです!

内容は、このようなものでした。
[かわいい]まずスチュアートがオーストラリアに先に帰国し、物質的と精神的に基盤を整える
→彼が以前オーストラリアでやっていた天職のセラピストの仕事を軌道に戻す
→二人の新居に先に引越し、生活準備を整える
→異国から永住する妻を迎える準備をする

この大目標に加え、各月の目標を決めたあと、二人で同じものを一部ずつ持ち、4月4日から別居生活が始まりました。東京の私とアデレードのスチュアート。私はこのプラン・シートを、常に更新しているビジョンナリー・シートとともに枕の下にいれて、毎晩ビジュアライゼーションをしながら眠りにつきました。


さて、プラン作成から達成までは、このような感じで進みます↓


3月中旬〜4月上旬 

私は、実は東京から神奈川への引っ越しを考え、彼が帰国する前から一人でかなりの物件を内覧しながら、神奈川地域での仕事の可能性も探っていました。しかし、ご縁がありません。
3月下旬、神奈川への引っ越しはナイと直感を得ました。東京も、そこから30分と距離のない横浜も、巨大な都心の空気に大きな変わりはない。私が素直に生きたいと思う場所ではないと感じました。4月4日に彼が帰国してから、私はそのまま仕事を続け、和道1日ワークショップの通訳を終えた後、直感的に京都に行くのだと悟りました。

それは、4月5日に受けた、最強の和道ダブル・ヒーリングのおかげ‥まさかの師匠ポールと、和道ヒーラーの睦世さんから受けたヒーリングがきっかけでした。この二人のヒーリングを受けるという機会は、時間を調整したりお金を支払ったりして得られる類のものではないはずです。まさかのタイミングで、まさかのエネルギーが注入され、閉ざされていた何かが、とたんに開いてしまいました。意識的に生きることを選択している人にとったら、よそ見をするという選択は存在しません。

私の内には、スチュアートがオーストラリアへ帰国した後の、彼のことばかり心配していました。ほら、お得意の「他者が先」です。私は私で、人生を掛けてのというと大げさですが、移住するという大きな変化を迎える準備を、精神的にも物質的にもしなくてはならなかったのに、実際のところ何をすればいいのか全くわからずだったのです。

京都滞在は、当初私たちの永住プロジェクトにはなかったプランでした。永住に向けて、私にも物質的そして精神的な準備が必要でした。京都に行くことになった、、、今思えばとてもうなずけるプロセスです。


4月中旬

それから1週間後、久しぶりに開いたPC画面に、京都の家を見つけました。私の実家からものの5分、幼なじみの実家から徒歩2分ほどの距離にある、1階がステンドグラス工房で大きな庭がある家。京都らしいともいえる下宿、今でいうところのシェアハウス。ニュージーランド時代に寮に住んでいたこともあり、シェアは得意です。レトロな感じも私にはしっくりきて、何よりも1軒屋と広いので‥‥と、いろいろと考える前にもうオーナーの眞理ゴズニーさんに連絡をしていました。

京都は、素でスピリチュアルだといわれますが、全くその通りです。早朝となれば托鉢にこられるお坊さんがいらっしゃいますし、朝夕は家々からお経が聞こえてきます。あらゆる場所に在るお地蔵さんは地域の人たちがいつも面倒を見ています。ある地域で英語の3単語に一つはfワードといわれますが、それに対して京都は3筋(路地)にひとつ歴史的な碑が建つといわれています。風水や地質だけでなく、空気で感じるスピリチュアルな空気が漂います。これは、大いなる自然に対しての畏れを忘れず、日々祈る人々が作り出す空気感なのだと感じます。私には、久しぶりの京都がとても気持ちよかったのです。

(京都でのすばらしい思い出については、改めて書きますね[手(パー)]これ以上長くなると誰も読んでくれないので:汗)


4月下旬 GW前
京都を訪れ、家をみて、契約をする。

5月GW後
京都に引っ越す


5月中旬

この頃にひとつ、私は自分の心の声に従わない行動を一つとったことで、当たり前ですが、好ましくない結果を呼びました。このことで、東京からひきずった最後のしこりを、ジョキッとやっと切れました。オーストラリアには不要なしこりだったので、ここで切れたのだと思います。

また、その頃の彼はというと、帰国して3日後には車を買い、家を借り、マッサージベッドを買い、仕事を始め、そして営業周りを始めました。それは本当にものすごいスピードでした。意図と行動が完全に一致している時のスピードです。


5月下旬〜6月上旬

4月の時点で私の永住ビザを手配するタイミングも決めていましたが、6月になり、彼の収入が夫婦が生活できる額に到達したことで、私と彼は共働して永住ビザの手配に取り掛かりました。そして申請完了。その内容は、2つ前のブログに書いた通りです!

数日に一度はスカイプで打ち合わせをし、毎日メールをして私たちの「まだ見えない道」を創ってきました。


7月初旬〜中旬

9月初旬から中旬の間に転出することを、京都で借りていたお部屋のオーナ眞理さんにお知らせしました。岡崎のすばらしい愛あふれる家に、次に一緒に住みたい人を描きだし、そして募集要項を作成。描いた通りのすばらしい方が、最善のタイミングで来てくださいました!

ちょうどその頃、東京の祖母が天命を全うしたので、お別れのために東京へ1週間戻りました。このとき、祖母から着物の帯枕を形見として頂きました。

お別れの後には、東京に残しておいた22キロの冬物衣料を、オーストラリアへ空輸しました。スチュアートがエコ・ビレッジに転入した直後でした。しかし、私がオーストラリアへ行く目処は、この時点で全くたっていません。


8月1週目

永住ビザを申請した先の在韓国オーストラリア大使館に問い合わせるも、永住ビザの進捗状況は(当然)わからず、もしオーストラリアへ行きたいのなら通常の観光ビザ(3ヶ月滞在)で入国するよう指示を受けました。


8月中旬

京都に遊びにきた親友と山を登ったり、姉家族とお盆を過ごしたり、滋賀県大津の花火大会を楽しみました。愛にあふれた時間が心を豊かにするとともに、幸せな記憶としてどんどん上書きされていきました
この時点で、京都の部屋のものを処分しつつ、どうすれば9月からオーストラリアへ最善の方法で滞在できるかと、オーストラリアへのチケットを探し始めました。


8月4週目〜9月1週目

私たちの状況では、観光ビザ (Subclass600)【家族引き寄せカテゴリー、12ヶ月滞在、マルチプルビザ】が良いとの情報を、オーストラリア移民局から得ました。このビザは、在日大使館や在韓大使館での申請ができないため、オーストラリア国内の移民局へ直接申請することになりました。
 ↓
4日後にビザがおりる

やっとこさ、移民局を通して私がオーストラリアへ実際に渡れる道が整いました。

 
9月2週目
オーストラリアへ夏服と着物を送る
京都を転出する


9月3週目
東京に転入し、親族に挨拶をする


9月24日

オーストラリアへ、片道航空券で出発
一度も検疫所で捕まったことはないけれど、今回も世界最大かつ最強の検疫があるシドニーからの入国をさけるためにクアラルンプール経由でアデレードに入りました。特に持ち込めないものは持たないし、驚くほど整頓されたスーツケースではあるのですが、以前乗り換え便に間に合わなかったことがあるのでそうしました。経由は途中、クアラルンプールで6時間待機、その内の4時間をインドはバンガロール出身の牧師さんとお茶を飲みながら過ごしました。まだ若く、きらきらと輝く虹の戦士がここにもいました。彼も今、世界中で「光の戦士が集まるチーム」を作るために走り回っているそうです。

9月25日
アデレード到着
スチュアートが先に住んでいるオーディンガ (Aldinga Arts Eco-Village) に引っ越しました。


2月にオーストラリアへの永住を感じ、9月には引っ越し完了。これが和道スピードです。社会的な時間は存在します、しかし魂のスピードは時計が刻む時間を超越します。

意識的に生きはじめると(それはお釈迦さんのいうところの諸法無我のような)選択の余地がなくなってくる。安心感を持って降伏したような感じでもある。私の人生にとっての不要な情報や道が持たらされないために、ある意味、高次の観点から「自由がない」とも言え、それが精神的にとても居心地がいいのは、私にとっての事実です。時空を超えてある物事が理解できるようになると、いろいろ手放せる。瞑想のある日常を暮らして5年。不思議にオーストラリアへ移住するという道が目の前にありました。多次元パズルがかちゃかちゃと統合されるのを観察しながら、かなり穏やかな自分がいることに気づきます。
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オーストラリア永住への道【永住ビザ申請】 [国際結婚・永住]

去年オーストラリアから日本に3ヶ月の滞在ビザで入国したスチュアート。私たちは3ヶ月以内に入管へ書類を提出し、滞在期間を延長した上で日本で配偶者ビザを取得しました。その時の作業は、もはや今回の練習としか思えません。

今年2013年。とうとう私は、オーストラリアに永住することを決意しました。太平洋の西の方(ハワイ・アメリカ本土と中米・カリブ)を見つめながら、いつか西方へ出向くのだと信じてきた私は、実は最初に短期留学した国、オーストラリアに永住することになりました。人生ってわからない。そしてオモシロイ!

思えばこの数ヶ月、準備が出来ているかを自分の心に自ら深く問いながら、そして準備ができていることを徐々に感じはじめ、そして永住ビザ申請を始めました。何でもそう、心が決まったら、意思、意識、行動すべてがそこを見つめて猪突猛進です。ドスコイ


.:♪*:・'゚♭.:*・♪'゚。.*#:・'゚.:*♪:・'.:♪*:・'゚♭.:*・♪


さてさて、そもそも国際結婚したら何で書類が必要なの?って思う方もいるかもしれません。同国内の結婚である場合は、書類一枚または数枚程度で「晴れて結婚」ですが、国際結婚の場合、一枚ではちと難しい。法律上国境を超えるのため、準備する書類が増えるのですね。

法的に証明するとは言うものの、証明すべきは『愛』です。つまり、見えないものを証明します。申請者側の目的は、我々の愛が本物だという証拠を揃えることで、その『愛』が偽物だろうか疑ってかかって審査するのが、入国管理局です。

☆☆☆

今回は、私(妻=申請者)が日本にいて、呼びよせる人(夫=スポンサー)がオーストラリアにいる場合の手続きです。
参考)在日オーストラリア大使館(東京)
http://www.australia.or.jp/

※申請する国や、時期によって、申請先、申請料金、申請に掛る時間と書類(全部やん[がく~(落胆した顔)])が変わります。常に最新情報をオーストラリア大使館のビザ課で確認してください。

→って、大使館の情報を調べても英日ですら内容が違うため、大使館の方と何度もやりとりしました。かじりむしですよ。しかも最終的にまだ謎は解けていません。(すべてのカップルの状況がちがうため、そもそも「正しい情報」なんてあるのかしらと思う次第です[バッド(下向き矢印)]


☆☆☆


【用意するもの】

パスポート
運転免許所
戸籍謄本
謎をひもとく頭
強い意志


【まずすること】

すべての情報をアップデートする。書類、知識、夢、すべてです。
大使館が提供している、ビザに関する大量の文献を、日英ともに読破する。


【提出書類】(主に申請者側)

[かわいい]大使館指定の申請書類に、必要事項を記入
申請者(妻)が用意するフォームは47SP、スポンサー(夫)が用意するのは40SPと、それぞれに書類があります。計50ページほど。
仕上げる際に、いろんな情報が必要になって髪の毛が逆立ちそうになるのをこらえます。

[かわいい]戸籍謄本
加えて、法的な血縁関係者の情報が必要な場合は、過去の戸籍謄本も得てください。最近は難しい名前も多いので、ふりがなのない戸籍謄本では読めません。困ったり、焦った後、諦める勇気も大切です。

[かわいい]二人のラブラブ関係についての証拠提示
いつ最初に出会ったか、カードやプレゼントの証拠物品、メールやチャットの記録、いつ結婚を決意したのか等を、記録をたどって、写真つきで証明。結婚後も、どのように生計を立てていたか、二人に宛てられた政府からの手紙や(納税書など)、二人が実際に生活していた証拠を提示します。

[かわいい]全ての書類は然るべき翻訳者に英訳され、翻訳会社または翻訳者の印鑑、署名、日付が入っているコト。

[かわいい]歴史を飾るスナップ写真は、厳選して15枚から20枚くらいにするのがよいでしょう。

[かわいい]申請者とスポンサーそれぞれが書くのは、二人がどう出会って今に至るかのエッセー。署名と日付いり。楽しんでやるしかありません。しかも後で読むと、決意したラブレターのようでもあります。

[かわいい]過去10年にわたる渡航歴を洗い出します。私の場合、仕事も含めてこの10年に20回渡航していました。パスポートとにらめっこしてください。入国出国スタンプがすごく離れたところに押されていることがあり、もはやパズルです。

[かわいい]警察本部に出向きましょう。過去に1年以上住んだ国の、無犯罪証明書を取得します。転勤や留学をしていたら、日本だけでなくその国の無犯罪証明書も必要です。

[かわいい]これまでの収入証明、今後の見込み、そして地に足ついた人生の設計図を、二人で協力して完成させましょう。
「なぜ、二人は一緒になったのか?」
「二人で、どんな人生を歩もうとしているのか?」
「二人の夢をサポートする、収入や資産はどうつくるのか?」
    ↑  ↑  
   この辺はいつも和道でやっているので、得意分野です


[かわいい]二人の関係を証明してくれる友人たちからの、法的に効力のある証言を得ましょう。

[かわいい]パスポートサイズの顔写真
無駄な情報ですが、町中にある「パスポートサイズ」と書かれた写真機で写真を撮ると、3枚パスポートサイズが出て、2枚は小さいサイズです。大学がある付近にいくと、パスポートサイズがきちんと4枚出てくる写真機があります。

[かわいい]パスポートは、日本では一般的ではない認証コピーを受けましょう。どこで受けるのかよくわからなくて、行政書士から認証コピーを受けた場合、「認められない可能性があるかもしれません、あしからず。」と大使館の人に言われました。

[かわいい]あなたは健康ですか?日本に5つくらいしかない、オーストラリア政府認定の病院で、健康診断を受けてください。診断には、パスポートが必要です。交通費、診断費用は自分で負担してください。結果の有効期限は1年です。1年後にまだビザが下りていない場合、、健康診断を再度受けてください。

[かわいい]申請に掛る費用は毎年2度査定され、今後も引き続き増え続ける予報です。

[かわいい]「注)提出書類はあくまでも参考にしてください。添付の資料はいくらでもつけて結構です」。見えない『愛』を証明するんだから、いくらでも長くなります。

[かわいい]すべての文章は英語で作成してください。日本語の文書に関しては、すべてプロの翻訳者により英訳されたものを提出してください。申請者、申請者の家族の翻訳は受け付けません。

  ↓
  ↓

[かわいい]申請書類がビザ課に受理された後、担当官より連絡があります。その後の指示により、加えて必要な書類があれば追って送ります。


☆☆☆


準備に掛る費用としては、最初から正しい情報があれば無駄はありませんが、戸籍謄本、住民票、結婚証明書、パスポートの更新費、行政書士の認証コピー費用、郵便費用。私の場合、京都にプリンターを持ってきていないため、スキャン・プリンターは、姉のを借りたり、コンビニのものを利用したり、写真のプリントはプリントショップを使いました。今後、健康診断は3万円弱掛り、あとは指定の書類を得るのにいくらかかるかというところ。

【追記】 
結果的に、かかった経費は約26万円。
ビザ申請料がAU$2,680 と、通信費、コピー・スキャン費、写真、戸籍・住民票等取り寄せ、パスポートの本籍変更、等々、私の場合はJP¥10000 
専門家(行政書士等)に依頼していないので、かなりリーズナブルだと思います。


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今日、スチュアートが揃えた郵便物が日本に到着し、私もサインすべきところに署名しました。お互いが真剣に書いたステイトメント(二人の出会いから、結婚、そして、現在と、今後どう二人で生きていきたいか)は、本気のラブレターとも言え、読んだ時は感動ものでした。すべての結婚にこの過程をもてば、離婚率は若干減るんじゃないかしら?と思いながら、書類を完成させて・・・

本日、7月3日(水)、すべての書類を統合させて、韓国向けに発送しました。結果、今現在で
書類150枚と写真30枚
そんなに多くないかなという印象になってきた。


そうそう、郵便物の申告シールの【価値欄】に、Priceless, Preciousって書いた私。だって本気だもん[るんるん]


これを読んでいる、これから申請する方。だいじょうぶ、がんばって[ぴかぴか(新しい)]
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