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ありがとうオーストラリア大陸9000キロの旅!最終章(13) [旅・キャンプ]

やってまいりました。
この記事は、【オーストラリア大陸9000キロの旅】最終章。シリーズは13章目でございます。




マヌ・サイたちとのセレモニーには二週間同行したあと、ヴィクトリア州へと引き続き南下する彼らに別れをつげ、私たちは前記事でご紹介した「Lightening Bird(雷鳥)」と共にキャンプしながら、マヌサイの指示で、私は彼からセッションを受け続けました。


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《キャンプした場所は、やっぱり海の前》


雷鳥のオオカミのような透き通った目に見つめられると、時間が止まります。話してくれた希有すぎる出生と育ちから誕生した才能は、つばゴックリもんです。彼の父親は南オーストラリア州の核実験に於いてスイッチを押した張本人であり、彼が雷に300回以上も打たれるたのはその後からというのも興味深いのですが、ここでは深くは触れないでおきましょう...。

キャンプ3日目の朝、こつ然と消えた雷鳥が残したメモで、彼の志事は終わったのだと判断し、我々東へ向かいました、前出のコミュニティへ向けて...。そう、私が「魂の故郷」と呼ぶ例のコミュニティに戻ってきました。

2016年から、訪問者や新しいメンバーを受け付けませんと公言されていますが、私たちは何の問題もなく歓迎され、新しい生活が始まりました。私たちは小さなキャビンで暮らすようになり、毎日、美しい庭を世話し、ビーチで泳ぎ、週末はマーケットへ出かけました。

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お花はトロピカル。ハワイのような気候です。

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心友のダニー(下部の写真で登場)に勧められて出かけたプロミスランド、そしてドリゴは世界遺産の国立公園。涼を求めて出かけることもありました。

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ある日は、国立公園の森の中でいろいろをぶちまけるイベントに参加したり(ファシリテーターとしてのシャーマンが主催)、魚釣りをしたり、真夜中の森の中を電灯なしで散策したりなどして、自然の中の暮しを心ゆくまで楽しみました。


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セヴィジャーナスのパフォーマンスで、私のダンスパートナーとなったダニー。そして旦那さんのアンディ一と息子たち。自分たちでペイントした青いバスに暮らす超自然派家族。ママは私と同じくダンスが大好きで、とっても愛にあふれ、心が広くて熱い女性。旦那さんと理想の暮しを実践し、それを見てそだった息子くんたちは愛の結晶そのもの・・・[ぴかぴか(新しい)]


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毎日を心ゆくまで謳歌して、すばらしい人生経験を持つたくさんの年配の女性たちと意義ある毎日を過ごしました。コミュニティカフェで一緒にお寿司をつくったり、家の修繕を手伝ったり、日本語のレッスンをしたり。

そして、ここで指導を受けたセヴィジャーナスで、私は3度も舞台に立たせていただきました。15年近く踊ったサルサでは舞台に立つことはなかったけれど、セヴィジャーナスではいとも簡単に舞台に立つことになりました!

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子どもたちの洋服は、ひとつひとつ丁寧にすべて手作りされています。

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そして、セレモニー時には火を囲んで、祈りを奉納したり。

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週末にはすべての子どもたちが楽しめるようなダンスイベントを提案し、スチュアートがDJになって、子どもたちを招待しました。そうこうしているうちに、あっという間に3ヶ月が経っていました。


ちょうど私は、フード関係で何かしたいと考え始めたところ。織りものや、服づくりなど、「手」から産み出す喜びも思い出し、これからもたくさんの女性から技術を教わり、自分の手で何か創りだしたい想いも生まれていました。何しろ、モノだけでなくさまざまなものがフローしているので、何か内側から沸き起こるものが抑えきれないのです。。

スチュアートはマッサージの仕事をしていましたが、彼自身の中で、もう一回りの成長をブロックする内側の要因に気づき、コンフォートゾーンでありホームベースの南オーストラリア州に戻りたい気持ちを感じはじめていました。

そんな折、ゴールドコーストでの熱烈ラブコールにまつわる記事でも触れた通り、親友夫婦からマーケットの運営を依頼されていました。彼らがヨーロッパに半年間仕事をかねて滞在する間、私たちが運営できないのなら、マーケットを閉めると言うのです。私たちはマーケットの誕生秘話から哲学、運営などに馴染みがありましたから、閉めるという決断は、彼女たちにとって苦渋の選択であり、私たちにもそれは明らかに感じられました。

友達夫婦の旦那さんが、ビーチから歩いてすぐの高台に立てた大きな家。外を眺めるすべての壁はガラス窓で、家をぐるりとパーマカルチャーの家庭菜園に囲まれています。ヒーリング関連のものはなんでも揃っていて、業務用キッチンなので何か作ったら販売することも容易くできる。欲しいものがすべてどころか夢みるような理想的すぎる環境ではあるのです。


私たち、呼ばれてるのかな...?


私は最後までノーを突き通したけれど、助手席でノーと叫びながら南オーストラリア州に帰るという行為でイエスを出すことになりました。


さあ、決めたことです後には引けません。
私の心はきゅうきゅういいながら、身体も心も南オーストラリア州へ向けて、出発準備を始めました。


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《子どもたちが集合して元気にジャンプ!また会おうね!》


さあ、キャンパーヴァンの旅が再スタート。普通の車が1週間で行くところを、私たちは二週間以上かけてゆっくり移動です。ここから先は写真を通して、帰路をご紹介いたしましょう。

ニューサウスウェールズ州のドリゴ近くだったと記憶しています。
高所恐怖症がまだあったんだ、と四つん這いになって空中に浮かぶ(浮かんではないけど)岩に近づきました。

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シドニーから南下して、オーストラリア大陸地図で言う右下(←南東角)をぐるっとまわり、
南オーストラリア州では見えない海から誕生する朝の光を、東海岸では毎朝拝みました。

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タイダルプールといって、潮の満ち引きを利用して作られた海のプールでひと泳ぎ。

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ニューサウスウェールズ州からビクトリア州に入りました。夏から突然、秋へ季節も移動です。




街のど真ん中にこつ然と姿を現す洞窟。

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ヴィクトリア州のブルーレイクは、ある時季にだけこのような青い色を醸しだします。

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シリーズを一緒に追ってくださっている方、覚えていますか?半年前に旅の始まりで建築した、ナチュラルハウスビルドの瞑想堂へと戻ってきました。瞑想堂はほとんど完成しており、あとは外装ペイントを残すのみ。


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数日前のニューサウスウェールズ州では泳いでいたというのに、南オーストラリア州の丘(ヒルズ)に到着した途端、秋そして夜は冬の寒さが訪れていました。


最後の写真は、アデレードのドイツタウンはハンドルフで撮影した私の写真もひとつ。


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こうして、私たちの6ヶ月のキャンパーヴァン生活は一旦終止符を打ちました。


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内からのインパルス(衝動)に導かれ、シャーマンと出会う目的ではじまった旅でしたが、思い描いた以上の想像もしないような素晴らしい体験にあふれていました。行く先々でガーディアンエンジェル(守護天使)ともよべる人たちと出逢い、導かれ、その先でまた素晴らしい出会いをし、人生の貴重な瞬間を共有しました。出会った人でこのブログを読む人は1%もいないけれど、出会いのすべてに感謝します!

思えば、出発前にキャンパーバンで旅をするために手放した数多くのもの — 家、生活品、家具・道具類、洋服小物から、考え方、便利さ、先入観、自分でつくったり社会が求める常識など — そのあいた空間へ、新しいものが内側から次々と生まれてきました‥‥



夢みる力
創りだす力
今を照らす力
パイオニア精神
自然美を愛でる心
自然界のエレメントと繋がり、
それを胎内に感じる力。
折れない精神と勇気ある行動で、
心が想い描いた夢を現実にする力。
そして、
大いなる愛と喜びがもたらす癒し。



旅を終えたから何かが終わったわけでも、何かが始まったわけでもありませんが、私たちのサイクルは気流のように旋回して成長しているように感じます。私たちの夫婦の間柄も大きく変わりました。

私の旅の目的は、人間としての成長そして心身の癒しでしたが、自身のヒーリングには興味のない旦那さん(ん、自分よりは他人の癒しばかり...、ちょっと身に覚えがあるストーリー?)とは、心の距離感や旅への捉え方もすべて違いました。当たり前です。摩擦の経験から、工夫もたくさんしました。旅に出たことで、先入観や固定観念がいい意味で滑り落ちていたので、少なくとも私は以前の私とは異なるアプローチで夫婦間を観ていました。


そして、ここでコミュニティなんですよ。
私たちが関係性をオープンにせざるを得ないことで、たくさんの先輩夫婦からサポートををいただきました。同世代や一世代上の夫婦からのアドバイスというよりは、彼らの通ってきた経験を聞いて、私たち、答えのない道を自分たちで答えを出しながら同じように経験してきてるんだ。そう感じることでつながりを持てるのです。つながりは、愛なのです。夫婦や家族関係の詳細がどうあっても、すべての素材は私たちが「私という存在」を深く知り(思い出し)、絆をつよめ、愛を深くし、人間として成長するきっかけをくれる、貴重で神聖な場に違いないのです。

なぜ関係性をオープンにせざるを得ないか。
それは、善し悪しなく、コミュニティでは秘密が存在できないからです。秘密とは、孤独を封印する呪文のようなもので、総全体の暗闇としっかりつながれてしまう不思議な存在です。
日本の長屋もそうでした、子どもの泣き声や夫婦喧嘩がお隣さんにまる聞こえ。コミュニティでは秘密にする隙がないから、自らを孤独に陥れたり、救えないほどの暗闇にどっぷりハマる暇すら持てないのです。心からの「大丈夫?」。この一言で、たくさんの女性たちと心でつながりました。あなたの存在が私を支えるのと同じで、私たちみんな同じものを抱えているから、だから支え合えるのです。

旅してよかったと感じますし、旅しなかったという現実はもう私の中にはありません。12年間おんなじところに住み続けた東京から移住して、とりあえず新しいものを(内にも外にも)見たくて経験したくてしょうがない私が一旦落ち着きました、、、かな?



 

  希望をもって、夢を描きつづける

  力をぬいて、過去を手放し、

  空いたスペースに、「夢」をのせる

  前を向いて、夢へと一歩踏み出すことで、

  今が光で照らされていく




距離もブログも記事自体も長かったオーストラリア9000キロの旅、ブログシリーズはここにて終了です。おつかれさまでした!




オマケ:
この後、私たちが運営したグリーンライト・オーガニックマーケットの様子は、こちら←からご覧いただけます[かわいい]



あと:
2016年10月に、マヌ・サイに導かれペルーに飛び、メディスンマンと過ごした28日間については、ゆくゆく記事にしていきます。しょうしょうお待ちください。

自然界のエレメント × 魂の癒し【オーストラリア大陸9000キロの旅】12 [旅・キャンプ]

ご縁とは不思議なものですが、そんなこんなで参加することになったレアなセレモニー。その流れはひとつ前の記事、こちら←からどうぞ。


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大御所アンティ・ミニーを通して、豪州政府から正式に招聘されたシャーマンの名は、マヌ・サイ・マラスケス
ペルーのシャーマンの家系に生を受け、ブラジルで生まれ、幼少時代をインドで過ごしました。インカ伝統をひきつぐシャーマンおよびメディスンマンでありながら、インドの(シルディおよびサチャ)サーイ・バーバーの門弟であり、ヒンドゥーの司祭です。

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《幼少期のマヌ・サイと、シャーマンである父インティ・セザールと母アーナンダ・マイ(1976年頃)》


彼がこの度オーストラリアで執り行われたセレモニーは、政府に奪われたアボリジニの子どもたちと大地の魂を鎮魂する目的で、2016年1月1日にクィーンズランド州からはじまり、ニューサウスウェールズ州を経て、アボリジニにとって生命の水とされるヴィクトリア州マレー河まで南下する日程で行われました。儀式は朝から夜まで続き、期間は約一ヶ月にもおよびました。


私は、2016年新年に、真の『虹の戦士』に出逢いました。オーストラリアでは彼らのことを、“Rainbow Serpent”巨大な蛇虹と呼びます。干ばつの続く赤茶の大地に、雨の恵みと創造をもたらす伝説的な存在です。南米アメリカ大陸や世界中のあらゆる地域と同様、この国でも平和の戦士たちは光と希望を持って屈せずに立ち向かい続けていました。人間の魂と高次なる存在との神聖なる関係を取り戻すために...



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《マヌ・サイと長老たち、右端はミリアム・デヴィ》



オーストラリアでは伝説的存在のネッド・ケリーの孫、ニュージーランドからはマオリ族の女性、オーストラリア女性と、この3人が、マヌ・サイとその妻ミリアム・デヴィとアンティ・ミニーを引率していました。参加者は、他州からやってきたアボリジニの長老衆を軸に、アボリジニの若者、(例のドリームタイムでつながる)アボリジニのために働くヒーラーたち、雷に300回打たれた経験を経て、患部に手を触れるだけで様々な不調を治癒する伝説のヒーラー「Lightening Bird(雷鳥)」、バイロン方面からのセラピスト達、そして突然参加したスチュアートと私でした。


この度のセレモニーで出会うことができた長老と若者たちの生の声を通して、頭では理解しがたいほどに過酷で悲しい現実が、世界各地で起こっているのと同様、アボリジニの間でも現在も今日も続いていることを知りました。1970年代まで続いた大規模な白人同化政策すなわち国や教会が数万人以上の子どもたちを強制収容した時代は、「盗まれた世代」と呼ばれています。愛する子どもと引き裂かれ、国が親権を剥奪したために、異国へと里子に出されて子どもと会えないケースはありふれていました。たった40〜50年前のことです。私の目の前には、悲嘆と怒りを持ち人たちと、すでに乗り越えた強い愛と希望で平和に解決しようとする人たちが入り交じっていました。


ある日の儀式で、マヌ・サイは、準備もなくとつぜん身体を去った魂たちが、この世とあの世の狭間で迷っていることに触れ、*ヒンドゥーの火の儀式(ヤグナ)を行いました。



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彼がマントラを唱え、火の魂が目覚めて魔的な力でその場を包むうちに、私の身体に雷のような光が走りました。地面の奥深くからやってきたエネルギーが、私を介して、天へと一直線に昇ると同時に降臨している同時の感覚です。実はちょうどその時、私の心には、東北地方大震災で旅たった魂たちと、過労で麻痺し、身体を抜け出してしまう魂たちがちらちらと訪れていました...


大震災の直後、(私は世田谷の自宅にいましたが)突然に肉体から離れた魂が行き場がわからずに、私のもとへとたくさんやってきました。夜寝ている間にやってくるのですが、もちろん私が呼んだわけではありません。あちらの方から、助けてくださいとやってくるのです。このようなことは初めてではなく、学生の頃には、怪奇現象を経験しまくって怖がる友達がお願いしてくるので、お経を唱えたり、念を送ったりして、迷える魂を光で散らしていました。3.11後には、太平洋戦争の地上戦後に、鎮魂のために般若心経を唱えたという元兵士さんの話を思い出し、すぐさま般若心経を唱えました。私自身を禊ぎながら、朝と夜にひたすら読経しました(仕事の時間以外ですよ)。「私は、この世でのあなたの迷いや思い残しをどないにすることもできません。あの世への扉を開くので、光の方へお進みください。」そんなことをしていると、一週間程で夜な夜なの魂訪問は終了いたしました。


そして2016年新年のこの儀式。
大震災と大都市の迷える魂たちがふと思考に現れた瞬間に、私に起こったことはこれ、

雷が身体を走りはじめた瞬間に、自然とチャネルを開けなければと、蓮華座から立って両足開いて仁王立ち、天を向いて口をあけ、その直後口から産まれてきたのが、


ぅアぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!



地響きのような大声が大地の根底からつきあがり、天へと昇っていく。涙がどんどんと溢れでるうえに叫びは永遠に終わらないように感じました。後で聞くと、一分ほど続いたようです。終わったあとには、それはそれは穏やかで静かすぎる真空のようなスペースが訪れました。



この日、私の内側にあたらしい光が生まれました、それは、まぎれもなく、まさかの、



希 望




たくさんの痛みや、人の心を悲しませるような現実が、あなたの人生にも、もちろん私の人生にも、家族や友達にも、社会で、国で、地球全体で起こっています。都会の夜は眠らないのにその裏側は真っ暗です。体裁を整えて、笑顔でいても、その裏側は真っ暗。何をしても、どうしても闇の力が浸食していく。どうしてこんなに暗いんだろうと感じていました。目をつぶると暗い、睡眠中も暗ければ、夢すらもダーク、そして目が覚めて活動している世界も、暗いことがたくさん起こっています。暗がりの中で迷う人の魂が光を得る(en-lighten)ためには、私は何ができるんだろう。それが私の長年の疑問でした。


ヤグナで経験したのは、まるで一本の図太い希望の光が雷のように暗闇をまっ二つに切り裂いた姿。途端に、一瞬にして光の粒がスローモーションで拡散し、みたこともない力強い光でくまなく照らされていく...。これこそがまさに希望なのだと、頭での理解を超えて、体感しました。闇があるからこそ、生まれる光、闇の中から生まれるのが希望。そして火には暗さを拡散し昇華させる偉大な力があることを、まるで旧い記憶から取りもどしたようにも感じました。


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またある日には、植樹の儀式を行いました。魂を癒すことを目的とした儀式です。
マヌ・サイは、ものすごいエネルギーを大地に響かせた私を気にかけ、儀式の前に脈を診てくれました。優しく慈愛ある言葉が、ピンポイントな過去とともに発せられた後、7本の苗木を植えるように勧められました。

この*7という数。それは、この世で受ける7つの心傷(トラウマ)を手放すためです。

木に心の傷をたくし、苗を大切に植える瞬間に、トラウマを母なる地球に還します。ひとつひとつの心傷が与えてくれたことに、ありがとう、ごめんなさい、ゆるしてください、愛していますとホオポノポノをしながら手放していきます。

苗木は毎日、太陽と雨の恵みを受け、土壌中の微生物とともに、少しずつ成長していきます。柔らかい茎から、強い幹へと成長しながら、栄養を一所懸命に受取りながら、地中深く天高く伸びていきます。力強い根をはり、しなやかに支える幹を軸に、上へと伸びる。光の方へ、成長しよう、伸びようとする木の意思が、若葉を生み、やがて花を咲かせ、実や種をつけはじめる。私の魂もそれと同じように、木と同じように光を向いて生きていくのだと、しっかりと心のなかで唱えながら植樹をしました。

この日、7つの苗木を植えた後、続けて7本の苗木も植えました。この木々が、数年もすれば数メートルの高さになり、私の肉体が地球に戻った後も、次世代に食糧を与えてくれることでしょう。立派で強い木となり数世代後には家をつくる資材になるかもしれません。木がもたらす恩恵に気づく続く世代が木を植えることで、私たちは私たちに対して、先祖代々、酸素、日陰、食べ物、家、そして愛を貢献していえることに他なりません。

この植樹が終わってからも、機会があれば努めて植樹をし、2016年の一年間で140本ほどの木を植えました。植樹をしたことで私たちが得られる糧は貴重で、人を人として成長させてくれるような、魂にも地球にも最善の恵みとご利益のあるものです。


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東京にいたころには、火の儀式をするスペースも、木を植えるスペースもありませんでしたが、長い歴史を持つ地球人はそれを日常として生きてきました。これらは、ファッションやジェスチャーで行うものではありません。人間としての魂が渇望するからこそ、私たちという神聖な存在ともう一度つながるために行うものです。寂しい、悲しい、怖い、怒りがち、無感覚。そんな人にこそ、心をこめて、自然界のエレメントとつながることが必要です。どれほどの深い癒しが私たちの魂訪れるかは、経験してみることで感じることができるのだと思います。


もしも、心に深い傷が刻まれているのであれば、どうか木を植えてください。木を植えたい、木を植えたいと毎日唱えて、木にありがとうと伝え、通勤途中に立っている木を触ることからはじめてみてください。木の精霊が、きっとあなたに想いに語りかえしてくれることでしょう。



*ヒンドゥーの火の儀式(ヤグナ)・*7という数
ご参考までに、こちらのリンク『ヤグニャ』をどうぞ。
http://www.sathyasai.or.jp/ashram/festival/yajna.html



ヒーリングの嵐がくる【オーストラリア大陸9000キロの旅】11 [旅・キャンプ]

(この記事は、オーストラリア大陸9000キロの旅10の続きです)

フラメンコ団は、300名を超える観衆の前で素晴らしい演目を披露していました。フラメンコの他にも、アンダルシア民謡のセビジャーナスやボディ&ボイス・パーカッションを披露し、私たちの目を魅了しました。


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《参考》フラメンコ

フラメンコの由来は、インドからイスラム色濃いアンダルシアに流れて来たロマイ(ジプシー)といわれており、バイラ(踊り)の善し悪しは技術だけではなく、その文化や歴史背景にある表現や信念などすべてが醸し出すオンドゥーラ(奥深さが)だと言われています。そして、忘れてならないのがドゥエンデ(神がかり)。

私の目が釘付けになったのは、舞台袖で手話通訳をしている方でした。彼女は、カンタオール(男性の歌い手)の歌詞を手話で翻訳しながら、同時に複数のバイラオーラの表現を、歌と体全体を使って彼女一人で翻訳しているのです。フラメンコで、神が降臨してまるで魔力がかかったような表現ができる稀なパフォーマンスをドゥエンデと言いますが、まさにドゥエンデそのものでした。


観衆の中に、一人だけ踊っている女性がいました。彼女はフラメンコの本場アンダルシア出身。セビジャーナスを踊って育ったということで、私が興味津々で話しを聞いていると、演目後にダンスを教えてくれるというので、広場がへ移動しました。

と、そこで友達発見。

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アクロバットヨガで持ち上げられている女性は、同じく南オーストラリアからやってきた友達シルヴィア。彼女もここにいるとは知らずに、嬉しい再会。彼女は数日前からはじめたアクロヨガをインストラクターと練習していました。

シルヴィアはイタリア出身でスペイン語がペラペラで、このアクロバット君もスペイン語ペラ。私たちの共通語は自然とスペイン語になっていました。中米の国グアテマラの話を始めると、私たちの背後でさっきから様子を伺っていた男性が、待ちきれないとばかりに会話に入ってきました。しばらくスペイン語で話したあと、ようやく共通語が英語だとわかり(笑)、会話は英語に。


グアテマラのサンマルコスはスチュアートの心の故郷で、三度訪れたうちの一度は90日を静寂の中で過ごしました。途中から会話に参加した彼にとってもグアテマラは魂の故郷で、自然森林保護のために土地も購入していました。二人は異なる時期に同じリトリートセンターで過ごしていたことをすぐ知り、またそこに滞在したことのあるオーストラリア人に会ったのははじめてだと、大喜びでブラザー!(ブラボー!)と叫び合っていました。


彼の名はダン。
北西オーストラリアの制圧されたアボリジニの聖地にて、大地と人々の魂を癒すヒーラーです。

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ここで、ダンとスチュアートと私はグループを離れ、ウッドフォード・フェスティバルを私たちの方法で楽しみました。突然、静かな雨粒がおちてきたり、不思議な風が舞い上がったり、探していたクリスタルが見つかったりと、夢のような時間が過ぎて行きました。

そこで、です。ダンがこう言うのです。「あと数日すると、ペルーからシャーマンが来る。ここから北へ1時間ほど走った場所にあるアボリジニの長老の敷地で、1月1日から鎮魂のセレモニーが開催されるよ。告知はされていないが、詳細がわかったら連絡する。」




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映画マトリックスのような緑ドットのスローモーションで、
キャンパーバンで旅に出ると決めた時と、シドニーで受けたヴィジョンが、つながった...



数日後、ダンからメッセージを着信。

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  セレモニーの場所は、夢で直接受取るといい。 
  マレニーの西にあるニューススタンドで、 
  1月1日11時に会おう。 



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「ドリームタイム」と呼ばれる、睡眠中に意識的にみる夢(意識層)でつながるヒーラーは、オーストラリアにはたくさんいます。アボリジニたちは、ドリームラインの上に、ソングラインをひいて、夢を紡いで自然と共存して何万年前から暮らしていました。白人入植後に起こった引裂かれた人々の心と大地のソングラインをつなげるために「夢」で共働しているヒーラーのダンですが、、。Ok, 誰でも招かれるような類いの儀式じゃないことがここで確実にわかりました。




1月1日当日、11時になっても、私たちはセレモニーの場所も何の情報も得ていませんでした。ただ、ニューススタンドは見つけましたが、ダンはいません。携帯電話も圏外です。私は、キャンパーバンの開けられる窓とドアすべてを開けっ放しにし、瞑想をはじめました。「私の人生において、高次の目的に沿うものであるならば、どうかそれを達成させてください。私はオープンです!」 




それから30分もせず、ほとんど誰もいない場所に、こつ然とアボリジニの男性がこちらの方向へまっすぐ向かってくるではありませんか。彼だ、彼だ、と私の心が飛び跳ねる隣で、スチュアートはいつものゆるトークをはじめました。




スチュ:"G'day, mate. What's up, mate?"

彼:  やあ。こんなところで何をしてるんだい?

スチュ:アボリジニの長老の家に、ペルーからシャーマンが来るときいて、、

彼:  ああ、それは僕の兄の家だよ。今行く途中だから、Follow me(ついておいで)。




こうして、私たちは先導されて、アンクル・ウィルンガ*の敷地につきました。そこには、地球の歴史と同じほどの叡智を持つことで知られる、長老衆の中でも大御所長老であるアンティー・ミニー*の姿も在りました。一度ハグするだけで宇宙が広がるような、インドの聖人アンマのようなすごいアボリジニたちがそろいも揃っている...

私たち、すごい儀式に呼ばれちゃったみたい。
天の采配は、蓋をあけるまでも、蓋をあけても、驚くことばかり。



*アンクル、アンティー
アボリジニの長老の名前は、アンクル(おじさん)やアンティー(おばさん)と敬称をつけて呼ぶことが通常です。アンクルとアンティーの間では、ブラザーとシスターと呼び合います。




さあ、次は2016年1月1日の記事《自然界のエレメント×魂の癒し》。なんと今日からちょうど365日前!


ゴールドコーストへ向けて【オーストラリア大陸9000キロの旅】10 [旅・キャンプ]

オーストラリア大陸9000キロの旅シリーズを少し中断し、癒しのテーマでシリーズ書いておりました。→→シリーズ全4記事はすでに完結しています→慢性神経胃腸炎の方向けへのスピリチュアルヒーリングよろしければどうぞお立ち寄りくださいませ。


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今日はちょっと観光案内といきましょう。

*マークは記事最下部を参照してください。


シンクロしすぎるオーストラリア9000キロの旅(←前記事)に続いて、次に目指すはゴールドコースト。

そこでアデレードから来る同じく国際結婚した友人夫婦と落ち合い、クイーンズランド州のクリスタルウォーターズ・エコビレッジ*を尋ねる予定です。その後私たちは別れ、私たちは前出のコミュニティに帰り、彼らはウッドフォード・フォークフェスティバル**でクリスマスと新年を迎える予定でした。


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《クリスタルウォーターズはカンガルーのお家でもあります》


クリスタルウォーターズ・エコビレッジは、1988年に設立された世界初のパーマカルチャー・ビレッジです。私たちがしばらく住んだオーディンガ・アーツ・エコビレッジとは、ビレッジレベルと個人レベルで交流があり、親友家族も住んでいるため、訪ねるのを楽しみにしていました。オーストラリア南部と西部で数々のビレッジを手がけてきたエコビレッジの立役者スティーブ・プール氏も、よくクリスタルウォーターズエコビレッジについて話してくれるので(2015年を一緒に暮らし、今もまた一緒に暮らしている!)待ちに待った初クリスタルウォーターズ訪問でした。

カンガルーの大集団の歓迎からはじまったステイですが、これまでお伝えしてきたサステイナブル・リビングの話しとかぶりすぎるため、今回は割愛します。2012年に日本人の方が撮影した動画(日本語字幕つき)をブログ下部に貼付けておきますので、よろしければご参考ください...[カチンコ]


さて、ニューサウスウェールズ州からクイーンズランド州にむけては、風景が変るにつれて、空気感がどんどんと変わっていくのが肌で感じられました。心地よい潮風の中に湿度があり、気温が少しずつ高くなって、亜熱帯へと近づいているのがわかります。実際に森の中を歩いていても、気温と湿度感の違いは歴然。シダの森を抜けて標高があがると、少し向こう側はもう東海岸の海。海を眺めながら丘を越えてまた森に入ると、しばらく緑が続いていきます。

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ゴールドコーストまでの北上中で、いくつか印象深かった街を紹介をいたしましょう。


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★リズモア★

二本のメインストリートが並行に通っていて、おしゃれで個性的でこじんまりとした町。小さいながらもかなり品揃えの良いオーガニックショップやカフェが数軒あり、有機野菜が手に入らないことも多いオーストラリアの小さな町で、これは嬉しい驚きでした。アンティークのお店がかなり多く、サイクリストが多いのか自転車オブジェがたくさん見うけられました。意識の高いアーティスとさんがたくさん住んでいるとのことで、とてもセンスのよい町並みです。東海岸は物価が高いことでも知られますが、この町ではまだそこまで高くなくて、住みやすそうな印象。

もちろんオプショップ***も比例しておしゃれで、リズモア(とクイーンズランド州のマレニー)のオプショップは、品質と品揃え、個性と価格が他とは良い意味で異質で、選りすぐって購入したスカートとカーディガンは、今も大のお気に入りです。


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《久しぶりの新鮮バジルにトリップ@リズモアのオーガニック・マーケット》


  ↓ 


★ニンビン★  

一本のメインストリートを中心に、こじんまりと広がる町。オーガニックカフェや環境センターがありながらも、かつてダークだった時代の雰囲気もほんの少しだけ残っています。現在はヘルシーなハーブのメッカ。


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《ニンビンのメインストリート》


ショーグラウンド****で出会った無口で紳士なおじさんは、キャラバン(モーターホーム)で犬と2人暮らし。息子さんが先に逝ってしまった後、奥さんも旅立ったことを、数日過ごしてから話してくれました。スチュアートも名前を聞いたことがある名の知れたヒーラーでしたが、もう施術はしていないとのこと。私の身体のこと話すと、無償でセッションをしてくれた上に、スチュアートに技術を伝授してくれました。

私たちのニンビン出発が迫ったある日、ちょっとお願いがあると彼から。「家族が旅立ってから、誰も招き入れたこともない僕の神聖な家(=キャラバン)を、どうか掃除してくれないかな」と。「あなたはここを、あなたはそこを」、といつもの丁寧な言葉遣いで的確に指示され、手渡された報酬は300ドル。オーストラリアの感覚でいうと、キャラバンの掃除でこれは破格です。私たちには、彼がお金以上のものを私たちと交換しようとしていることがわかり、この仕事を快く引き受けました。とても汚れたキャラバンでしたが、二人で一所懸命ピカピカに磨きました。掃除の最中はどこかへいってしまったおじさんでしたが、終わる頃に戻って来て、「有り難う」と言ってキャラバンを眺めていました。でも本当は涙を隠すためなのがわかり、私たちは静かにその場を去りました。翌朝、私たちが出発するまえにさよならを言いに出掛けると、彼のキャラバンはもうそこにありませんでした。


  ↓


★マラムビンビー★ 通称マラム

  
オーストラリア最大のオルタティブな町、バイロンベイから車で近く、それでいてバイロンほど混んでいないため、とても暮らしやすい町です。週末にはヒッピー・クラフトマーケットや、ファーマーズ・マーケットが開催され、とても賑やかになります。オーガニックカフェやレストラン、グロサー(食品店)などが豊富で、なんといってもオーガニックの専門店『サントス』があるため、マラムは私がオーストラリアで大好きなトップ3にはいる町です(←あくまでも町です。私は村が好き)。北へ向かう途中に一度、そしてそこで出会って一緒に木を植えた仲間と再会するため、南下する途中にも再度立ち寄りました。

下部の写真は、コミュニティーガーデンに向かう手前から撮った写真。黄色い看板右側にある一本道を抜けると、マラム最大のコミュニティーガーデンが広がっています。3つある看板の一番下に書かれた "ONE LANE"の文字が見えますか?


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LANEの 前にP、後にT と「落書き」がされ、 PLANETになっています。
"PLANET"は「ひとつの惑星」。マラムっぽいです。


アデレードの心友であり、一緒に有機畑で働いたパーマカルチャリストのジェイは、ここのコミュニティ・ガーデンの立ち上げに参加していたと言います。彼女がつくる有機土壌からたわわと成る有機野菜は身体の根底から生命力がわきあがるような美味。彼女のガーデンがあるならば...ますます好きになる要素ばかりのマラムでした。

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《母なる地球に愛されるジェイ。今はハワイでお仕事拡げています》


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★オーシャン・ショア★  
 


海沿いの小さな村。小さな島に辿り着いたような雰囲気で、サーファーが通うオーガニックカフェが一軒あるだけ。ここを訪ねた理由は、持病のギックリ腰がマラムで出てしまった際に、ご縁で繋がったある女性を訪ねるためでした。彼女はサイキックヒーラーで、彼女自身の難病を治す途中でサイキックな能力をつけ、すでに自分自身を癒したので、現在は活動的に人を癒しています。見た目で人は判断できるものではありませんが、彼女の簡素な暮しぶりや言葉遣いは魔女そのものというか...。魔法マントラを唱えながら、各部の痛みの原因を取り除いていきました。キャンパーバンで寝起きする中で、辛いレベル腰痛が消えはじめたのはここからでした。


  ↓

★ゴールドコースト★  

ゴールドコーストの有名な海沿いのビル群が見えてきました(文明社会だ!)[ぴかぴか(新しい)]

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夜9時になっても賑やかなゴールドコーストの、一角にあるオーガニックのピッツェリアで久しぶりに友達夫婦と再会しました。旅行中に合流し、数日だけでも時間を過ごせるのをお互い楽しみにしていました。が、私たちがミュージックフェスのフルチケットを購入したことは、まだ伝えていません。


実は、彼らも私たちに明かすべき話を持ってきていました。彼らが南オーストラリア州で企画&主催運営している革新的なグリーンライト・オーガニック・マーケット*を、翌年の4月から半年運営して欲しいというラブコールです。

この時点で、私は大きくノー!を主張。なぜなら、私はすでに出会った前出のコミュニティに住む予定だったからです。年が明けてからも毎月熱烈なラブコールが送られ、私は最後までノーと主張したもののスチュアートがYESと言ったため、最後までノーと叫び続けた私は、この日から4ヶ月後にキャンパーバンの助手席に乗ってアデレードへ帰ってくる運びとなったわけです。そう、それから半年間は私たちが主催者となりさらにネットワークを拡げ、今月(2016年11月)より、グリーンライト・オーガニック・マーケット」へと名称が変わり、隔週から毎週末開催となっています!

詳しくはこちら→写真で見るグリーンライト・エコ・マーケットをどうぞ。


まぁしかしこのときは4ヶ月後のことなどつゆ知らず。
私たちはゴールドコーストから、クリスタルウォーターズ → グラスマウンテンへと向かい、


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《グラスマウンテンを借景?売家の庭から撮影》


→ マレニー経由で → ウッドフォードへと到着。



フォークフェスティバルの開場一日前(チケットは別で購入)に到着し、キャンプエリアに我々の「家」を設置し、夢のミュージックフェスを楽しむ準備が完了。

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《2015年末を過ごした「家」》

プログラムはチラシではなく、雑誌。雑誌を片手に、私たちはそれぞれ興味のあるプログラムを見つけて、予定を組んでいきました。私はというと、朝起きてヨガと瞑想、ゆっくりご飯食べて、日中にシャワーを浴びて、、、キャンプエリアも会場もかなり混雑しているけれど、私の時間はいつもどおりゆっくりでした。唯、ひと演目だけ観たいと感じたのがありました。スペインからやって来たフラメンコ・セビジャーナスのパフォーマー。

最大ステージでフラメンコのパフォーマンスがある日。心も身体もワクワクしながら会場に向かいました。そう、このフェスティバルを最後の最期まで楽しむつもりだったのですよ。意気揚々と出かけたこの日、、、、。



"Life is what happens while you’re busy making other plans."

(人生とは、何か別のことを夢中で考えているときに、起こるもの)


ジョン・レノン





次の記事《オーストラリア大陸9000キロの旅11》へと続きます。





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*参照

*クリスタルウォーターズ・エコビレッジ
(4年前の動画)
 パーマカルチャーの基本コンセプト紹介
 2015年末現在、カフェの運営は休止中
 キャンプエリアは快適に利用できるよう撮影当時からより改善されています






**ウッドフォード・フォークフェスティバル
12月27日から1月1日まで続くオーストラリア最大規模の野外ミュージックフェス。1987年に始まって以来、毎年規模は拡大中。来場者は13万人を超え、世界中から集まるパフォーマーの総数は2000名以上。ミュージシャン、コメディアン、アーティスと、チベットのお坊さん、サーカス団など。日本や南米からもパフォーマーがやってくる。
敷地総エリア250ヘクタール(毎年拡大中)に、フェスティバル用のステージと、来場者・パフォーマー・出店者用のキャンプエリアが設置される。膨大な数のボランティア運営者により、会場内にカフェ、レストラン、バー、各種ショップ、ヒーリングサロン、子どもステージなどが設置される。また、ディジュリドゥ作りなどのクラフトづくりや、会場全体12万人とリアルカードゲームができるなど、遊びの天才が集まる。

会場外のキャンプエリアには、トイレ、シャワー、カフェなどが設置され、一週間通して滞在するキャンパーはここで暮らす。ウッドフォードのリピーターは、大型車にトレイラーを牽引させ、ダイニングセット、ソファ、キッチン一式、デコレーション、ガレージまで設置する強者。しかも強者ぞろい。12月25日からキャンプ場が開場し(私たちも25日にキャンプ場イン)、数万台の車が列をならべ会場にはいり、場所確保に走った後、驚くほどの速さでキャンプを設置する光景は見物。

オフィシャルウェブサイトはこちらをクリック[音楽]


***オプショップ
オプショップは、オーストラリアの市町村で平均的に数店舗ある、ブティック感覚の中古よろずや店です。洋服、おもちゃ、本、リネン、小物、家具、宝石類、なんでも売っていて、教会や慈善団体によるボランティアで運営されています。スタッフが持ち込む菜園野菜や果物などが無料で配られることもあります。ご参考までに、今住んでいるオーディンガには、四店舗ほどあり、知人のほとんどはオプショップで買い物をします。もちろん、要らなくなったものはオプショップに「寄付」することができます。かつて自分が持っていた洋服が、今は誰かが着ていることもしばしばです。


****ショーグラウンド
各都市に必ずある野外の祭事場。マーケットやサーカスなどが大規模な祭事ができるグラウンドで、オーヴァル(オーストラリアフットボール場)やクリケットグラウンドがあることが多く、プールや農場がある所も。祭事がない際には、モーターホームでの旅行者やキャンパーたちに解放されることが多く、有料にて宿泊することが可能です。




シンクロする旅【オーストラリア大陸9000キロの旅】9 [旅・キャンプ]

前記事で、『地上の楽園』にてアルフレードに出会ってから...

ラテン系と近しくなった後は、数珠つなぎでシアター系の住む村(シアターやサーカスをする芸技団)、セラピストやヒーラーが多く住む村、OSHO派が多く住む村(インドのスピリチュアルリーダー、Bhagwan Shree Rajneeshの別名。東海岸にはフォロワーが多い)と繋がっていきました。本当に個性が集まった村々です。

村人は基本、哲学を掲げるタイプではなく、哲学を実践する種族...なので、小難しいことを話す必要などなく、同じ哲学を共有する私たちはあっという間に村人全体と打ち解けました。ある日はみんなでビーチへ行ってBBQをしたり、ある日はコミュニティカフェで共働したり。

スチュアートは、今回の旅の目的でもあったヒーリング技術の交換をしたり、サーカス団の大人や子どもたちと様々なアイデアで身体全体の瞬発力やバランス力を鍛えたり、(ラテン系が多いためか)サッカーをしたりギターを弾きはじめました。


私はというと、少し前のブログで紹介したビジュライゼーション(夢の現実化)通りに、音楽の才能を次々と披露する場が現れました。例えば、村に到着した翌々日には、一世代上のジャーラから、フラメンコの一種のセビジャーナス(またはセビヤーナス)を練習するから来ないかと誘われました。
セビジャーナスをご存知な方はいるでしょうか?私はスペインのセビージャに行った時に一目惚れしました。日本にもたくさんフラメンコスタジオがあって、セビジャーナスを習えるところも多いと思うのですが、私はジプシーからセビジャーナスを習いたいと強く願っていました(食べるナスではないです!)
すると、この村のコミュニティホールで、この度スペインのストリートで踊ってきた本物のジプシー(もちろん村人)が教えはじめるとのこと。日本でもオーストラリアでも本物のジプシーに会えるなんて考えたこともなかったので大興奮。一回目の参加から、遺伝子が「知ってる知ってる、覚えてる!」といわんばかりに、一時間ほどですべての振り付けをマスターしました。


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《出会った日から心友 元祖ジプシーのジャーラ》


この村の子どもたちは、毎日、日の出から日の入りまで元気に遊んでいます。巨大なプレイグラウンドをくまなく走りまわり、側転・バク転・バク宙や逆立ち歩きをほいほいやってのけます。自然に存在するものを通して、算数、化学や物理の実験を、難しいテキストを読むことなしに、自発的な方法でワクワク驚きの発見をしていきます。大人は村内で仕事をしている人が多いので、すぐ近くにいて見守っています。夕飯どきは、誰かの家の子が食卓にいたり、うちの子がお隣さんの家にいたり。大阪の阿倍野で、長屋に住むお友達の暮しを思い出しました


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食べ物は、近くの町へ買いに出ればほぼ揃いますが、村内のものだけで賄うことも可能。ひとつ前の記事に書いたように、このコミュニティは、豊かな森林、海と湖、草原の合間に、10ほどの村が点々と散っています。各家のまわりにパーマカルチャー畑を持つ人もいますが、ほとんどの大地が野生(国立森林保護区)なので、住人がほとんど何もしない(できないし、しようとも思ってない)場所に野菜がたくさんなっている。村と村をつなぐ草原道にジャックフルーツがぶらさがり、かぼちゃゴロゴロ、バナナがたわわに下がり、真っ赤なトマトなどは採っても採ってもなくならない。次から次へと種子が自ら場所と時期を選んで、発芽し育っている野生種です。誰も肥料なんてやってないのに。


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以前に住んでいた、パーマカルチャーのコンセプトを基礎としたエコビレッジも、自然界の流れに沿う暮しではありました。例えば、月の満ち欠けに沿って牛の角を粉砕して土壌に入れたり、ある時期がくるとさらに肥沃な土壌を果樹に加えたり、上手にプルーニング(剪定)を行ったりと、人間が手を加えて育った有機ものがほぼすべてでした。同じ「コミュニティ」ではあるのですが、「開発された」エコビレッジと言うとわかりやすいでしょうか。アソビのスペースが少なく、放置している場所に野菜や果物がたわわになるということはありません。アソビスペースは、文字通りに遊ぶための器具やラビリンスなどが敷かれていたり、最近は大草原に新しい住宅開発が進められ、草原すらなくなってしまいました。

こんなに健やかで豊かでロー(自然そのまま)な場所にいれば、不調を持続させるほうが難しい。(もし東京のような大都会から直接ここへ来たら、一旦身体を崩すことでしょう。)大自然のエネルギーに抱かれ、私は朝から晩までエネルギー十分でいられるうえに、夜も深い眠りを得られたことは、体調にとって大きな変化でした。

ここに永遠に居たい...(しかもこのテーマでいつまでも記事が書ける...)だけれど、これから先に待つ何かに惹かれて、一旦離れることにしました。ここまで心の故郷と感じられる土地と出会えたことと、だからこそ離れなくてはならない心が裂かれるような感覚の、ふたつの新しい感覚を心に感じながら。


そしてやってきましたのは、ひょんなご縁で出会ったサーファー&ヒーラーがつなげてくれた
シンクロニシティ・ファーム

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私が訪れようと決めた理由は、ファームに住んでいるのにフルタイム銀行家だというオーナーさんに会うためでなく、3人の超キュートなダブル文化&国籍の子どもたちの笑顔に触れるためだけでもなく、こんな素敵な家族に囲まれてファームと家族を支えている日本人お母さんのトモコさんに会うためでした。昔はバスケットボールばかりしていたというお話をきいて納得、華奢なスタイルに、アクティブなエネルギーいっぱいの素敵な女性でした。今回の旅は《ヒーリング》なので、※WWOOF(ウーフ)をする予定のなかった私がシンクロニシティでウーフをしようと決めた理由は、トモコさんと、パーマカルチャーやファーム、オーストラリアでの暮らしについて話したり、もちろん久しぶりに日本語で話してみたかったから。


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《ほんとに愛らしい娘さんたち》


引き継ぎの説明を聞いていると、どうやらトモコさんは、ファームの畑と動物たちのお世話全般と、やってくる異文化なオモシロ動物たち(ウーファーのこと:笑)のお世話、それに家事育児をすべて担っているようで、過去10年間お休みすることなく働き続けてられたように感じました。が、ちょうど海外にいるお友達に会いに行くということで、一緒に過ごせたのは2日弱。一緒に過ごして好感のあった彼女ともう過ごせないのは本当に残念でしたが、私たちが急に滞在することになったのも、きっと天の思し召し、、、神様が、ママのように日本語を話す女の人を派遣しようと判決し、フルタイム銀行家のダディが家で働くとはいえ、スタミナもあり子ども好きな男性を招集しようと判決したら、私たちに白羽の矢が飛んだのか、わかりません。

トモコさんが出発した後は、特に下の二人娘さんが寂しくないようにたくさん遊んで、ファームの動物さんたちのお世話を一緒にしたり、大人と子どもたちの洗濯や食事をつくったりと、私はまた一瞬で(シドニーに居たときと一緒)下宿のおばちゃん化しました。思えば、チャイルドマインディングや応急処置対応の資格もあるし、子どもたちの先生をしていたことも長く、説明不要でお料理やクッキングは好きだし、掃除と畑仕事は中でも得意中のお得意‥‥私をつくった神様は、当然のごとく私のポジションを知ってる‥毎日くたくたでハナミちゃんの巣にもどり、翌朝の日の出までぐっすりとやすみました。


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《日本の「自然農法」を思わせるファーム。整然としたファームより、こんなファームが私も好きです》


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《たくさん飲んでおおきくなあれ!》


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《毎日採れる新鮮たまご...私は乳製品が食べられなかったのでいただけませんでした》


私たちと一日遅れで到着したウーファーは、看護士でレンガ作りをするジャロッド。彼は重労働を担ってくれたので、たくさんの仕事が捗りました。ウーファーには一日の労働(交換)時間の制限がありますが、そんな規則はいつの間にかどこゆく風。

ある晩、仕事を終え、夕飯を済ませてジョシュアとジャロッドと私たちの4人で話していた際、ひょんなことから、12月末にクイーズランド州で開催される夢のミュージックフェス【ウッドフォード・フォーク・フェスティバル】の話になりました。ジャロッドはすでにフルウィークのチケットを購入し、ジョシュアも行けるなら行くべきすばらしいフェスと大絶賛しています。

実際、フェスは一週間続き、フルウィークのパスを購入した参加者は、フェス会場の真横にある広大なキャンプ上で、お隣のキャンパーたちと家族のように、住むように楽しむオーストラリアでも最大規模の野外フェス。世界各国から集まる音楽だけでなく、アボリジニ伝統楽器のディジュリドゥを作るワークショップ、各種のヨガ、ダンスワークショップや、チベットのお坊さんが曼荼羅を作り、新年初日の出のご祈祷があるなどと、盛りだくさんのイベントです。

私たちが、この数週間後にゴールドコーストで落ち合う親友夫婦もウッドフォードに行く予定で、誘われてはいました。野外フェス好きのスチュアートは私を納得させようとしてきましたが、私の返事はいつも一緒。行っても行かなくても良く、ほんとどっちでもいい。まぁ行ったところで、私は毎朝、日の出と共に起床し、ヨガと瞑想をし、日中に休む時間を作って、自分のペースで過ごす毎日は変わらない。多分お金の無駄と感じるのではとスチュアートに説明はしました。

旅人にとってのチケット代は比較的大きな出費でしたが、スチュアートはこの会話の波に乗って、えいやっとフルウィークのチケット二枚を買ってしまいました。


このときには、まさか、このチケット購入が、ペルーへの流れにつながるとは。。。


滞在中は、ジョシュアがご自慢のピザを披露したり、男性陣にマッサージをしたり、敷地裏手にある美しい渓谷へ連れて行ってくれたり、ケーキまで焼いたりと、人を喜ばせることが好きな方なんだなと感じました。


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《みんなでピザ。子どもたちとピザの歌を一緒に謳ったり♪》


ま、そんなこんなで、シンクロニシティ・ファームでリアルにシンクロ(計画された偶然ではない一致)な一週間滞在を終え、残念ながらトモコさんの帰国前に、私たちは次の目的地であるゴールドコーストへと向かいました。


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《シンクロニシティのゲートに立っている看板》


※WWOOF(ウーフ)
有機農ファームであるホスト側が寝床と食事を提供するのとエクスチェンジで、一日4〜6時間の労働力を提供する制度。知識や経験、異なる人生経験をシェアする制度。ウーフ制度を利用して労働力を提供する人をウーファーと呼びます。
ウーフ・ジャパンのウェブサイト←こちら

地上の楽園【オーストラリア大陸9000キロの旅】8 [旅・キャンプ]

この記事は、アルフレードを探して【オーストラリア大陸9000キロの旅】7の続きです。


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ポートマクアリーで突然現れた彼女の依頼に対して、私たちの選択権はなさげ、それに加えてなんて適当なナビ、などと理屈が脳の表面を歩いていくのを観察しながら、彼女がコミュニティの名前を口にした途端、私の心はつかまれました。彼女がなぜ今私たちの目の前にいるのか、なぜ私たちにそのことを託したのか、理由はわかりませんが、直感でその場所が行くべきところだと感じました。お隣のスチュアートを見ると、普段は表情を外に出さない彼までも、この時ばかりは目はキッラキラ、ハートなぞは身体からとびだしていました。

こんなに強く惹かれる理由??私たちには話し合う必要なく、子鴨のDLDと彼女にさよならを言ってハナミちゃんに戻り北へ向かいました。私たちの旅で最初の真夏日で、休憩を挟んでもエンジンは燃えるように熱く、しかしスチュアートの心も同じように熱く、私も待ちきれない思いでした。この日、ハナミちゃんは初めて6時間走りました。


未舗装の道路は、美しい天然ユーカリの森を走っていました。本当にこの道なのだろうかと私の心に一抹の不安がよぎる横で、スチュアートはまっすぐに前を向いて、まるで嗅覚を頼っているかのように前方を見つめて運転していました。天然林の間を20分ほど過ぎたところに、彼女が指示したように私有地ゲートがありました。

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そこは、国立公園と境界線がないようにみえるそれはそれは美しい緑の楽園。スチュアートはキャンパーが停車できるエリアを嗅ぎつけ、ハナミちゃんを停めました。見た目にも清々しい空気、その緑の空気を呼吸するだけで、身体の内側から健康になれるような気がしました。


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ワクワクしながらこの地にはじめて足をおろした瞬間...これまでの人生で経験したことのない安心感に一瞬で満たされました。心からの安堵感。なにもかもが然るべき状態にある、すべて大丈夫だという究極の安心感。それと同時に降りてきた直感は、「もしも子どもができるなら、産むなら、育てるなら、このような場所でしかない。」なんというか、空気のなかに「希望」が漂っていている。そして思い出しました、「あぁ、真反対の空気感を知っている。これは、あの空気感と対極にあるものなのだ。」


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旅してはじめて6時間の距離を移動したという達成感や、目的地へ辿り着いた安心感といえばそうなのです。キャンパーバンの助手席はエンジンの上にあるので、バンから降りた時の脱熱感と脱力感といったら!...なのですが、この安心感はそれだけではありません。この私有地が、北西南と広大なユーカリの天然林に囲まれ、さらに東側は白砂のプライベートビーチであること。それに加え、各村に車が入ることができず、もちろん電磁波などまったく飛んでいないこと。以前に住んでいた南オーストラリア州のエコビレッジが比較対象にならないほど、何かまったく異質のものが存在しています。この空気感と比較できる場所が思いつかない。磁場の強さはニューメキシコ州に似ているけれど、強く温かい抱擁感はハワイ島キラウエアにあるような感じ。真裸の土地でありながら、完全に護られた感覚。


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コミュニティの面積は淡路島より大きく、10程ある村全体に180人ほどが住んでいます。世界地図の縮小版のような民族構成。コミュニティの中心部には、ホール、カフェ、キッチンとスクールがあります。村はそこから東西南北へと、森、丘、湖、渓谷や竹林をはさんで広がっています。村のほとんどの場所は芝生、靴が必要なことは多くありません。ケモノ道には野生に育った野菜や果物がたわわと鳴っていて、人や植物だけでなく、野生のディンゴや七面鳥、全長1メートル以上のオオトカゲやヘビは人と同じく健やかに暮らしており、野鳥においては希少種が非常に多く生息していることも知られています。


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中心地から数分のところ、少し離れた森の中に大きな瞑想堂があります。スチュアートも私も、時間があればよくそこに坐りました。瞑想しているうち、この満ちあふれる希望感は祈りから生まれているものとわかりました。実際、過去30年で近隣が自然災害にあった時も、この土地はほとんど被害がなかったそうです。人間が必要以上にあれこれと手を加えていない緑と木が豊にある。原生林は天と地へと伸び、深い根が支える強い地盤と、そして背丈順に育つ各種の植物、その足下で養われる豊潤な土壌とバクテリア。海からの風、森の上空の大気圏、降雨量など、きっと完全なバランスがとれているのだと思います。それに加えて村人たちの祈り。保たれた自然調和と祈りと、自然災害の少なさとが関係しているのは間違いなさそうです。


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《村人たちが建てた瞑想ホール》


自然災害の発生を恐れ、備え、バリケードや防波堤などの災害対策を急ぐ土地がある一方で、このような土地は自然環境が自ら然るべき状態であるからこそ、自然災害が起こりにくい。もちろん、起こる時は起こるでしょう。しかし、ここに住む村人は、ワイルド=野生が何たるかを知っています。災害であろうと豊富な収穫であろうと、自然がもたらすものは見えるものと見えざるものの因果関係の結果であり、自然災害が訪れて失うものがあっても、それはまた創りはぐくむ輪の一環であることを知っています。自然界は、人間の介入がなくとも自ら生命を養い育てることができますが、人間が愛をもってその生長を見守ることができれば、私たちに必要なものの多くは、もうすでに自然界に存在しているように感じます。


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《火が起こせる時には起し、火の神様に祈ることもしばしば》


なにか不自然な方法で、急激に自然の状態が壊されたとき、ひずみが生じ、そこから総全体の調和をもちなおす流れで自然災害が起こるのでは、と私は感じています。私たちが仕事や家庭や人間関係の中で、なにかが不自然で、無理なものがあるのを、わかっていながら何もないふりをして経験する時、私たちは内側に小さくともひずみが存在していることを感じとっています。この無理なひずみは、私だけでなく相手も感じていて、家庭で、電車内で、社内で、街全体で感じているとしたら、この意識の集合体は、いずれ見えるものとして顕在化します。例えばそれは、ひとつの人生を揺らがせる病や事故という姿であったり、また広く全体を一度に揺さぶる際には噴火や地震、パンデミックな現象などという姿であったり...。


自然災害が起こることを予測しているのであれば備えることは必至でしょう。でもちょっと待ってこの文章→「自然災害から身を守って生きるために、備えて暮らす。」この思考の裏側には、「自然災害は起こる。危険にさらされる可能性がある、備えておかなくては生き残れないかもしれない」という意識が隠れています。ここでもしも災害への恐怖がある場合は、「恐ろしい自然災害が起こる」意識をすでにプロジェクト(心から外の世界へ映し出)しています。

備えることは大切なことですが、怖れることなく備えて暮らせる方法など、あるのでしょうか?あります。それはまず、一人の人間の、ひとつの人生の中に、自然災害が起こらない生き方を目指すところからです。慢性的に呼吸や消化困難、神経(神の経路)の痛み、涙や鼻水が止まらない、月経やホルモンの分泌がうまくいかない、など。これらは人間胎内の自然災害です。これらの慢性的なアンバランスの調整を、ひとりひとりが目指しはじめることが、自然災害が起こらない社会への第一歩です。怖れずに、前を向いて、ポジティブに、少しずつ、微調整。

短期的でお金か他人任せの解決法は、功を奏しているでしょうか?逆に、一人ひとりが自らの心に嘘とひずみを持たない暮らし方を実践しはじめることが、結果的に、最も効率的で確実な方法のように写ります。このような生き方は、今あなたが過ごしている場所からは全く想像がつかないものだと思いますが、実際ここにはその暮らし方が存在しているのです。大きな子どもが、小さな子どもと動物と植物と、オープンで健やかに暮らす意識をもちなおす時、その健やかで思いやりと愛がある意識の集合体が調和ある人間の世界を創造する。...村を走り回る子どもたちと、その親の生きる姿を眺めていると、そんな細胞の記憶が目覚めてきます。


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《火に祈りを任せる。火は空気を癒し、私たちと先祖の魂を癒す》


誕生以来、このコミュニティ内の土地を、誰も所有したことがありません。(土地を「所有する」という概念はなく、「共有する」もの※過去記事へどうぞ)村人は全体の一部を構成する「メンバー」と呼ばれます。お金を払って一区画の土地を所有することでは、村人にはなれないというわけです。メンバーになりたい場合は、村の委員会においてたいてい一年以上にわたり審査が行われます。しかもこの審査は、不動産屋にメールで出す書類などというものではなく、実際にコミュニティに住むことで行われます。暮らし方や哲学を実際に理解し、経験し、他の村人たちと共存して住むことができるかを村人全体と見定めます。お互いにフィーリングが合えばそのまま定住し、合わなければ自然とそのメンバーは候補からおります。ほとんどの場合、円満に村から次の場所へと移動していくそうです。


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《とある村。》


現在ここに暮らしている人は、何かの縁でスムーズに村に入り、少しの工夫で村に落ち着きはや数十年経ったという人がほとんど。どうしても住みたいと努力する者も多くいるそうですが、どれだけ努力しても入れないものは入れない。みんな「審査しているのは委員会ではなく、実は母なる地球」(だから弾かれる人はものすごくわかりやすい方法で弾かれる)と言っています。2015年の時点で、新規メンバーの受け入れは対外的にクローズしており、滞在する際には、村人からの「招待」がないと入れないことになりました。


今回の旅のハイライトのひとつと言えば間違いなくここです。その内容は後日書きますが、各名称や地理等の詳しいことには、そっとしておくこととします。この土地独特の魅惑的な空気感に魅了され、お金目当ての不動産業者が札束をちらつかせることももちろんあるそうです。そもそも、ここに住む村人は、自然美をお金に換えるような人種ではありませんが、以前にこの土地を買い取って森を伐採し、ゴルフリゾートをつくるという大きなプロジェクトが独断的にほぼ決まりかけたのだそうです。一度失われてしまった自然環境を、同じ状態に取り戻すことがどれほど難しいかをわかっていない金の亡者!と村人と周辺住人が猛烈強烈に反対を訴え(この反対は、自然界や動物界もサポートしたそう)、自然林と、美ら海と、そこに存在する人々の暮らし守り抜いたのだそうです。これは村全体でもはや伝説的ストーリーとして伝えられています。ちなみにこの業者は日本人だったそうです[ふらふら]



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もうこんなに記事が長いのに、アルフレードに出会ってないじゃないか!とご心配の方もいらっしゃるかと思いますが、もう終わりです。なぜなら、こんなだだっぴろいコミュニティで探す必要もなく、一番はじめに出会った村人がアルフレードだったのでした。ドラマもなにもない。天からのメッセージはいつもストレート。開いたハートでまっすぐに受け止めると、運命の扉が次々と開いていくものです。

さっそくこの晩、私たちはラテン村のフィエスタに招かれ、楽しいひとときを過ごしました。ちなみにアルフレードは、私たちを導いてくれた女性のことをほとんど覚えておらず、伝えたメッセージもまるで興味がない様子。ちょっとだけ気になって出身国を聞いてみたら、ウルグアイ、と。彼じゃないんだね。

そろそろペルーがやってくるかな?
シリーズ9【シンクロする旅】へと続きます。



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《スペイン人による本場スペインのパエリャが食べられる!》


アルフレードを訪ねて【オーストラリア大陸9000キロの旅シリーズ】7 [旅・キャンプ]

この度、旅のルートを説明したく、オーストラリアの地図をご用意いたしました。

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オーストラリア大陸の南側の、真ん中のちょこっと右側にAdelaide=アデレードがあります。旅の出発地。それから、視線を右にずらして(首都Canberra=の上に)Sydney=シドニーがあります。シドニーの北に、New Castle=ニューキャッスルとPort Macquarie=ポートマクアリーが見えます。今日のお話は、ポートマクアリーでの一件。


ちなみに、アデレードからこれまでクネクネと移動してきましたが、移動距離は日本列島でいう、北海道から関西近くまでです。(2センチくらいしか移動してないのに、オーストラリアほんとにおおきい!)  そして、今回の旅の北端は、年始1月を過ごしたQLDクイーンズランド州のMalany=マレーニー(Sunshine Coast=サンシャインコーストの内陸で、Brisbane=ブリスベンのBがあるあたり)。前記事でふれたDaintree National Forest=デイントゥリー国立公園は、東海岸の一番上の都市Cairns=ケアンズよりさらに北西。そこまで行くと、日本列島3往復くらいかな?


さて、今日は「北」と「南」の経済発展の話はお休みで、【オーストラリア大陸9000キロの旅シリーズ】7。ご縁あってアルフレードを探しに行くことになりました。


私たちが目指す先は、バイロン・シャイア(行政区)。十数年前に、オーストラリアでワーキングホリデーをした姉が、マラムビンビとバイロンのことを話してくれたことがありました。内容は覚えていないけれど、姉の話し方から伝わった目が覚めるような感覚を、鮮明に覚えていました。次の目的地は、バイロンに決定。そこまでは、海岸線に沿ったルートを北上します。

このあたりを旅していたのは12月。南半球の春ですが、南オーストラリア州は、朝晩はもちろん、日中もまだ羽織が手放せない日々が続いていました。ひと月前に通ってきたビクトリア州の森は、肌寒いけれど春の足音が聞こえるかなというくらい。冬から春へと季節を早足で進めて、東海岸についた途端、いきなり夏〜!

東海岸の気候が、南オーストラリア州のとは違うとは聞いていましたが、まるで違う。サブ・トロピカルな気候で椰子の木もターコイズブルーの海も、オーストラリアの旅行パンフレット通り(笑)。8ヶ月ぶりの海。私たちは心から嬉しくて最初に着いたビーチで、すぐ水着に着替えて東海岸の海に飛び込み、はじめましての喜びを伝えました[ぴかぴか(新しい)]

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オーストラリアには、無料で泊まれる場所がたくさんあり、それは国立公園内の海や森なども含みます。私たちは東海岸に着いてからは、できる限り海岸沿いに停まり、ハナミちゃんのドアを開けっ放しにして、波音を聞きながら眠りました。


その翌日。引き続き北へ向かう道中、それは、ポート・マクアリーで起こりました。通り過ぎる予定だった町ですが、ハナミちゃんの様子からしてこれは休ませなくてはと感じ、「左折!」を指揮。ハイウェイを降り、入りこんだ比較的小さな町。公園や芝生を探して少し車を走らせていると、小さな池とその周りにバードサンクチュアリを見つけ、そこにハナミちゃんを停めました。

ピクニックシートを敷いて、サラダサンドイッチをつくって、ほっと一息ついて、横にゴロンしようとしたちょうどその時。突然、靴箱を抱えてこちらへ突進してくる女性。公園にはちらほらと人影があるだけで、間違いなく私たちに向かってきています。彼女は、靴箱を私に渡して、「ちょっと見ておいてくれる?行かないといけないから、30分くらいで戻るから!」と言って、走り去りました。

OKの言葉も聞かずに彼女は行ってしまいました。スチュと顔を合わせてなんだろうね、と笑って靴箱を見てみると、いくつもの穴があり、とても軽い。なんだかわからないけど、とにかく開けてみると、、、小さな鴨の赤ちゃん♡

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掌にあがってくるので、可愛いね〜と言ってなでていると、鴨の赤ちゃんはすやすやと眠ってしまいました。目が覚めるとちょこちょこと、たどたどしい歩みで、こぼれていた黒胡麻を食べていました。代わりばんこで抱っこしていると、さっきの女性が戻ってきました。

「ありがとうね!」と笑顔で爽やかに。この赤ちゃん鴨は、彼女の家(ファーム)の敷地内に迷い込んだもので、お母さん鴨がいなくて鳴いていたのを保護したということ。ファームには蛇がいるので、お母さん鴨と兄弟鴨は蛇に食べられてしまったと思う、と話していました。

今や彼女の名前は覚えていませんが、鴨の名前はDLD。ダブル・ラック・ダックの略。蛇に食べられず、保護されたことから、幸運が二度訪れた鴨、という意味。

偶然ってほんとにあるのでしょうね。これもシンクロニシティ。旅で出会う人たちとの会話をいつも大切にしていますが、然るべき理由で出会うのですね。今回のそれは私たちの旅の行き先だけでなく、人生の方角も変えるような出会いで、、、もはや、わかりやすすぎる天からの声でした。


「このまま北に行くとね、ハイウェイから右折できるの、大きな国立公園のあたりで。右折したらそこからは未舗装道路。しばらく行くと、道が二手に別れるところがあって、どちらに行っても同じだけど、あなた達のバンなら左の道をいったほうがいいわ。ひたすら森の中をいくと、私有地の敷地へ入るゲートが見えてくるから。そのまま入って、いちばん最初に見えてくる右側の家。アルフレードを訪ねて、伝えて欲しいの・・・。」


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すごく長くなりそうなので、今日はこのあたり終わります。さっそく次、↓
オーストラリア大陸9000キロの旅シリーズ8「地上の楽園」へご招待いたします[ぴかぴか(新しい)]




北(都会)と南(島)、ふたつの生き方【オーストラリア大陸9000キロの旅シリーズ】6 [旅・キャンプ]

この記事は、オーストラリア大陸9000キロの旅シリーズ5【ペルーに飛ぶ?】の続きです。


言い忘れていたのですが、バンの名前はハナミと言います。女性です。通常ハナミちゃんと呼んでいます。姪っ子の2人の名前を足して、日本風にしたとも言えますが、奇遇にもナンバープレートが873ということもあります(姪っ子ちゃんから「もーっ」てツッこまれそう)


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《バンなどの住める車両は、私たちの巣をつくるので、女性性で呼ばれることが多いです》


さて、シドニーでは、親友宅前の路上にハナミちゃんを停め、日中は彼女たちが最近引っ越したモダンな鉄筋の家の中で過ごしました。というか、私は何でも揃った快適なキッチンに立ち、健康な食事、スムージーとデザートを提供する健康食レストランの(いつの間にか、やっぱり)シェフと化していました。


最近ママになった親友は、太平洋に囲まれたポリネシア出身。中国から移住したおばあちゃんが開いた海辺のベーカリーで、毎日焼ける世界一美味しいパンを食べ、ターコイズブルーの海で育ちました。パパはお隣ミクロネシアに位置するフィジー生まれ。両島ともに美味しい空気、緑濃い森、そして生きた水があふれる太平洋の臍。美しい言語と文化を今も継承している地域。2人とも小さい頃から大家族に囲まれ育ち、学生時代にニュージーランドへ移住。結婚した2人は、より快適な暮らしを目指して金融業界で働き、オーストラリアの首都に移り住みました。

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(サモア政府観光局より)

サモアとフィジーで今世界中の人が欲している「有機農業」や「コミュニティの暮らし」があるのを、2人とも当然知っています。美味しい野生の野菜や、カカオ、ココナッツと、彼らが食べて育った馴染みの自然の豊かさが十分にある。しかし、結婚後も、彼女たちの夢を叶えるために島へは戻らず、シドニーで核家族となりました。

パパは、数年前に手術で悪性ガンを摘出後に、抗がん剤治療を受けガンを克服。その後は再発を防ぐために中国に通い、漢方と食餌治療で健康を維持しています。ガンを克服した後に祝福を受けた男の子は、生後数ヶ月で内臓の大手術を受け、今も病院へ駆け込むことがあり、0歳で各種のサプリメントを服用しています。ママも長年食事治療を続けながら、同じくナチュロパスを頼って健康を維持しています。海が好きな小さな僕のために、自然に近いところに住みたいけれど、サモアやフィジーにはオーストラリアのように緊急医療体制が整っていないので、シドニーを離れるわけにはいかない。そして、今の生活を支えるためには、2人とも働かなくてはならない。故郷の生活には戻れない...。これは、現代核家族ならよくある風景といえるかもしれません。よくある風景...


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今回、東京の数十分の一のスケールにすぎないシドニーに入った途端、私の身体はあらゆるシグナルや電磁波を敏感に感じとりました。巨大なショッピングセンターでは、以前以上にめまいと耳鳴りが激しくなり、スチュアートにどの場所で電磁波が強いかをいちいち説明しながら早足で出口へと向かいました。

大自然の中、土の上で暮らすとき、私たちが意識を持って訓練さえすれば、誰でも自然界とコミュニケーションができるようになります。雲の動きや風の音、雨の匂いや温度の変化を通して、雨の到着時間や、苗植えや収穫のタイミングが少しずつ感覚でわかるようになります。それは、自然環境と穏やかな心が同調し、自然界が運んでくるメッセージを心が感じ易くなるからです。五感以上の感覚も鋭くなります。

少なくとも今の私の経験からですが、同じことを都会でするのは難しいでしょう、些細な心の声を感じ取るには障害が多すぎるからです。あらゆる機器から出る電磁波だけではなく、自然からかけ離れた環境と、大勢の人たちの間にいることも関係していると思います。このことを親友ママに説明すると、わかるけど、わからない。あまり腑に落ちない様子で、なんだか憂いているようにも感じられました。よりよい暮らし、年収とキャリアを求めて働く者にとって、毎日働けることは最低基準なので、ショッピングモールでめまいがするようになったなんて、と思ったのかもしれません。

経済(行政)の世界では一般的に「経済的発展途上国」と呼ばれる国に生まれ、より便利で豊かな物質環境を求めて生きてきた彼女と旦那さん。目的地だったシドニーに着いた今、過去の島での暮らし方のネガティブな記憶に癒着した恐怖、不信感が強く、その環境に戻ることが怖いと感じています。

一方、「経済的先進国」と呼ばれる国で、戦後の急成長後に産まれ物質的な豊かさを知っている私。東京にいた頃は、馴染んだ意識の外側の世界、つまり、常に物質や文化や情報に溢れていなく、お金を払うことなく「幸せ」が得られる暮らしを想像することができず、親友と同様に、馴染みのない環境(世界)に対して怖さと不信感を持っていました。心の奥底では、日々の生活(仕事や恋愛や人間関係)を通して「卒業したいのにまた再演してしまう困ったドラマ」を密かに繰り返したいと願い、そして無意識にドラマを生きていました。私も、親友も、同じです。

怖さを落とすことを決意し、瞑想を続けることで、狭い視野と固定観念を飛び越えることが可能です。さらに在りたい自分の姿に近づけます。どんな生き方であっても、その生き方からしか成長できないものです。



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今の地球人には、性別の違い、肌の色の違いや、言語の違いがあり、それを超えてひとつの人類、ひとつの地球であることを経験していますが、そして今、また大きな違いがクリアに見えるように感じます。ふたつの異なる暮らし方です。



物質を得るため、消費するために、労働してお金をつくることが中心の暮らし




森と水と空気を大切にしながら、野菜を育て、共有することが中心の暮らし





前者は、産業革命後に急発展してきた現代世界の姿、そこで生きる人たちの生き方。経済学では「北」などと呼ばれます。都市部で生きる人たちは、主にこの生き方をしています。そして、グローバル発展の元で、暮らしを支えることができなくなった農林水産業従事者や、メディアを通して漠然とした憧れを持つ若者たちは、「北」へと移動します。

後者は、数千(万)年前から地球上に存在した暮らし方で、今も世界の一部で(例えばブータンや南米のジャングルの奥深く)か細いながらも続く、厳しい自然を尊び、自然共生する生き方。「南」などと呼ばれています。現在、インド、ロシアやキューバなどの国々で農業の在り方が見直され、これまで以上に多くの人々が、都会での暮らしから「南」へと戻ってきています。


ほんの小さなことです、例えば。野菜を育てることはとても簡単で、それがもたらすものはとおんでもなく大きなものです。手足が土に触れるとき、私たちはすでに土のバクテリアにより癒されています。野菜やハーブそのものは薬です。太陽光と月光と雨を浴び、身体全体で土を盛り上げて地上へ芽を出し、力強く根を伸ばし、私たち人間のために喜んで育つ植物たちは、人間に与えられた最も効果的な薬草です。やがて果実を実らせ、花が種となり、私たちに滞ることなく豊かさを運んでくれる。種。私たちの内側にもある種は発芽し、根をのばし、天へと成長するようプログラムされています。水も同じ、空気も同じ。私たちの住む地球には、人間が健康に生きていくために必要なものがすでに揃っているのです。


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《無堆肥、無肥料で、こんなにもたわわに実るみかんの木》


私たちは、頭では知っています。もともと健やかなる地球の自然の在り方の、バランスを維持させることも崩すことができるのも、人間だということ。そして、個々のエゴが暴走してマスに拡大して、そのバランスが完全に失われる時代も経験して知っています。個人レベルでは、物質的な生活環境を変えることが、馴染みある習慣や物事に対する考え方のシフトに繋がることも、わかっているでしょう。だからこそ、なかなか動けない。そうなんです、きっと私たちみんな、うすうすとわかっているのですね、行くべき方向を。人生の長さは本人にもわかりませんが、今の段階で、長期的に健康を維持するにはどちらの環境が貢献するかは、明らかのように見えます。


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親友と私は、学生時代から会うといつも、より善い生き方とは、人生の意味やスピリチュアリティについて話しあい、最近は瞑想方法を伝授したこともありました。

私は決めたらぜったいにやる方で、逆にそれで身体を壊すことがあるほど。私にとって、それがこの人生の今に於いて観察すべき(意識すべき)課題。その内側(外側もしくは向こう側)に、私の姿が見えます。

一方で彼女は、瞑想をしてライフスタイルも変えたいと長年言いつつも、なかなか実践できずにいる。これは、彼女の人生で観察すべき課題。その内側(外側もしくは向こう側)に、彼女の姿が在ります。

どこにいても、意識すれば見えてくる人生。どこに住もうが、何をしていようが、善い、悪いなど何もない。ただ、観て、感じ、行動する。それだけ。シドニーでの彼女との再会は、やはりいつも通り、深い意味をもたらしました。でも、もうシドニーには行きません。次は、彼女が、私たちの住む緑の暮らしを訪ねる番です。

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《ただ、土に触れるだけ。それは大きな癒しです》


次は、オーストラリア大陸9000キロの旅シリーズ7です。


ペルーに飛ぶ?【オーストラリア9000キロの旅シリーズ】5 [旅・キャンプ]

この記事は、【オーストラリア9000キロの旅シリーズ】4の続きです。



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「ペルーが呼んでる。ペルーに行かなあかん。」


そう言いはじめたのは、ニューサウスウェールズ州に入ってしばらく。ビクトリア州の森を北上したあと、北東に進路を変え、ブルーマウンテンズの森でキャンプをしていた頃でした。私たちは、この広大な峠を越えて、シドニーの友人(ブログに前出の、サモア出身のTuiと家族)を訪ねるルートをとっていました。


スチュアート:「えー。じゃあ、シドニーの Tui の家にバン停めて、シドニーからペルーに飛ぶ?」

私:「う〜ん、それとはちょっと違うねんな。でも確かにペルーが呼んでる...」



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直感というのは不思議なものです。降りてきた直感は、頭内で一瞬で思考となり、こうして言葉になって出てくるのです。一体、誰がこの直感を与えてくれるのでしょうね?私はこの直感を、"IMPULSE" =インパルス(←日本にこんな名前のお笑いコンビいた?)と呼び、常々から"Say YES to the impulse." と言って、それを小さくても行動に起こすとても大切にしています。

旅の目的はヒーリング。遠くても、国外からわざわざ飛行機に乗ってまで訪ねに来る人もいるというアボリジニのシャーマンがいる、オーストラリア北部のデイントゥリー原生森までだろうなと思っていました。インパルスはいつも理屈じゃ説明できないない感覚、だけどペルーっていうのもね...


※この記事には、ハリウッド映画の動画が含まれています。闇と光の対峙の末、光は世界を照らします。記事内で「怖い」という感情の裏側に触れますが、「怖い」感情が「怖い」と感じる方はご注意くださいゥィーンゥィーンゥィーンゥィーン(サイレン)


さて、ブルーマウンテンズは国立公園と自然保護区からなり、総面積は103万ヘクタール(東京都が4個半分)。ここだけに棲む稀少固有種は軽く数百種を超え、一億年前から生きている植物もいるそうです。名前の由来は、遥かに連なる山々(マウンテンズ)を覆うユーカリの木から揮発する油分が、太陽の光に反射して美しいブルー色を漂わせることから、そう呼ばれています。神秘的な森や洞窟がいくつもあり、トレッキングや洞窟ツアーなどもたくさんあります。今回、私たちが滞在した3日間はずっと真冬に戻ったような天気で、インフォメーションセンターのスタッフさんからは、どのツアーも雨天決行だけどお勧めしないとのことで、窓に映る絶景などを眺めていました。



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外は真冬のように寒く雨が降っていました。たくさんのヨーロッパ観光客が、半袖短パンで歩いている姿を車中から偵察しながら、同じ人間でもこんなにも違うものか、とババシャツにジャンパーを着込んで布団にくるまっていました。

...そういえば、旅に出てからまだ「癒し」をテーマにビジュアライズ・ワークしてなかったな、この冬の日にちょうどよい。ビジョンノートと色鉛筆を用意して、私の求める癒しの旅をビジュアライズすることにしました。まだ漠然としている癒しの旅の情景。霧がかかっているのかすこしぼやけた姿はみえる。霧を晴らせば心はきっとその姿を現すはず。ノートを目の前に、まずは瞑想です。さあて、何がでてくるか...


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私たちの旅は、最初から私の健康に留意した超スローペースで動いていました。シルバーノマド(定年退職世代)が数日で移動する距離を、私たちはふつうに1週間かけて旅していました。「若くて旅してるのはいいわね。年をとると身体がね〜」と(半分冗談で)言われると、こちらも「座骨神経痛にヘルニア。身体年齢はりっぱに高齢」などと返して、お互いを笑っていました。同様に、86年産まれの中年トヨタハイエースは、時速80キロのぼちぼち運転で1時間に一度は休憩が必要で、3時間も走れば心臓(エンジン)発作しそうな具合。私も同じく1時間も座ると背骨が痛み始めるので、お互いさまな良いコンビでした。

ロードトリップは食が適当になるとよく言われますが、いえいえ、私たちのバンはいつも健康食材を搭載していました。次の町に到着すると、まず初めに地元新鮮野菜が売られている市場とオーガニックショップを訪ねます。家でも旅でも、野菜とお米、味噌、梅干しに発酵食品が常備品。スチュアートは何でも食べられ(フィッシュ&チップス等の油ものや、スーパーマーケットのお惣菜など)簡単に済ませられる一方、私は特定の食材が必要だったため、健康食材を得ることはすでに旅の目的のひとつになっていました。オーストラリアの小さな町には、健康食品店や新鮮野菜すらなかったりするので、少し困難が続くこともありました。旅ですからね[手(パー)]

ヨガ、呼吸法と食餌療法にヒーリングを受けた旅の出発前。胎内のバクテリア環境と、住む場所のそれが同調していることも鑑み、自然生態系がもっとも完成しているパーマカルチャーの家に住むアプローチもとりました。常識以上に勉強して工夫して、それでも癒せない不調の原因はわかりました。それは、


怒り。


やっぱり...。「怒り」が大きなテーマとなっている女性の人生も、密かに多いのではないでしょうか。女性の怒りは、世界が一瞬で破壊するほどのパワーがある。これは神話や言い伝えだけでなく、実際にそうであることは女性本人が最もよく知っているでしょう。生理(特にPMS*)がくると同時に、あらゆる記憶や持病が一揆結集し、何がなんだかわからない嵐がやってくると共に、時限爆弾がチッチッチッチと秒読みするのが聞こえてくる。お迎えもしないのに、もう「怒り」は私という存在の入り口に立っています。いつからいたのでしょうね。いつもいたのでしょうか。

それは、何かあがなえない空というか魔的のパワーで、破滅的な部分へと暴走していきます。衝動的発作が訪れる前には、こないで欲しいと願い、去った後も、もう二度とこないで欲しいと願い、と同時に(パラドックスですが)執着を落とすようにしながら、調和と穏やさを保っている間にどうすれば次の発作を通り超せるか工夫する。本人も、誰も、この爆弾スイッチを押したくないのに、それを防ぐことや、爆弾のまわりにシェルターを築くことも不可能。自然に爆発するならさせるしかなく、ただその向こう側へ行きたいと願う。こらえきれない怒り、むかしからある怒り。

私も、この爆発を手放したいがために毎日瞑想をして、習慣を変え、ニューメキシコで野生狼と過ごし、和道リトリートやヒーリングを受けました。その結果、怒りには、原因というものがあり、ただ漠然と恐ろしく怖いものではない存在だとわかりました。怒りの終着点は見えないけれど、怒りは自ら生み出す愛という名の「光」で照らせるものだということ、あとはドえらい存在であることに気づけたことで、あらゆる「恐怖心」は消えてきえていきました。

誰でも怒りは持っているものですが、もしも過激な怒りにふりまわされる程であれば、それにまとわりつく記憶や感覚や習慣を落とす訓練をすることで、「怒り」というもの自体が客観視できるようになります。それが教えてくれるものを叡智として人生に吸収しつつ、怒りが破壊したものを手放し、また意識的に創りはじめる。この永遠のサイクルの中で、また気づく、、、

もしや、怒りという存在は、自分だけの経験だけでなく、世代を超えて受け継がれているだけでもなく、個人の記憶の領域を超えて、どこか大きな場所へとつながっているようなものかもしれない...目に見えないし触れないが、暗がりで感じる永久的な闇のようでもある。個人の怒りを癒したとき、個人的な「怖い」感覚を手放すと同時に、その大きくて永久的な暗闇そのものも癒されるような気がする。個は、実は大きな何かの一部を担っているような...?


ちなみに、私は16歳から最近まで悪夢を見続け、その結果自分の歯を削り割っていましたが、この画像は去年、夢の中で何度もエンティティ(闇の存在)と戦った時のものを再現しています。1.12あたり。観られた方もいらっしゃるでしょう、この美しいケイト・ブランシェットがカメハメハをぶちまけるところ。「闇」と「光」のモチーフだらけの、映画 『ホビット 決戦のゆくえ(第3部)』のこの一場面を貼付けちゃいます。



長年、夜な夜なエンティティ(闇)に負け戦だったのですが、30歳を過ぎてからはじめた太極拳と、和道実践哲学で体得した「和道気功」で、氣のパワーを高め、それからイーブン(引き分け)を経て、勝利するようになり、去年ついに悪夢が終わった(はぁーっ長かった)というわけです。こんなリアルすぎる闘いから目覚めると、一日を終えて眠るときよりも当然疲れています。ちなみに、なんでこんな悪夢を何十年もみることになったのかと、その悪夢の意味は、この後に出会うこととなるアボリジニのエルダー(長老)とサイキックヒーラーが教えてくれました


この人生に意味あって与えられた痛みだけれど、未だ理解できないその意味と存在が、まるで地球の歴史と同調している気もしていました。それが、大地震、洪水、火山の噴火、台風などの自然災害と同調する痛みなのか、地球が包有する太古の女性性としての本質と同調しているのか、わかりません。どうしてひとつの生命、この身体が、それらのものと同調しないといけないのか、するとしてもその理由や目的なんて私にはわかりません。でも、こう感じるようになったのは、瞑想を続けた結果と、より健康的な暮らし、健全な生き方をしようと毎日前進しているから、ということだけはわかります。

「ヒーラー」とは、自らの愛の力を取り戻し、己に光を照らしながら、まわりも強く照らす人。先に進み続ける力強いヒーラーたちのアドバイスや経験を聞き、今人類全体が経験している同様の痛みは、「私(あなた)だけの痛み」というように、全体から切り離せないものではないかとも感じはじめていました。

私という繊細で正直な存在が、与えられた個の痛みを通して、全体へつながっていこうとしている。でも私一人の力ではどうにもできないし、UNKNOWN(知られていないこと、まだ知っていないこと)に対してどう立ち向かえばよいのかわからず、日々の祈りに、どうぞ私に救いの手を与えてくださいと、神様仏様お天道様に訴えていました。そしてまたポンときた。東海岸のエネルギーにどんどんと惹かれ、今ブルーマウンテンズを超えれば東海岸というところで、「ペルー」って!




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お待たせしました、*ビジョンリストです[ぴかぴか(新しい)]
(英語で書いたものを翻訳します。ちょっと日本語が変だね)



1.シャーマニック・ヒーリング

2.乗馬

3.健康的で美味しい食材を得て、調理し、食べる。

4.善い意味で、平和で喜びある方法で、人生観が変わる、ぶったまげる経験をする。

5.精神的、肉体的、感情的な痛みを癒し終える。

6.ハッピーを感じる。 腰が据わった、安らかな心の状態。不動明王*
        (↑ハッピーの私的定義が漠然なので、明らかにしてみました↑)

7.善い方向へと意識を向け、インスピレーションのある、熱狂的な旅をする。

8.愛についての叡智を深め、自己愛を知る(追記→)、骨折りしないで喜びある方法で。

9.音楽の隠れた才能と技術を発見する。



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いや〜、今日も盛りだくさんの記事になりましたね。それで、私はペルーへ飛んだのでしょうか?
私的にエキサイティングな【オーストラリア9000キロの旅シリーズ】、次の6もどうぞお楽しみに[ぴかぴか(新しい)]



〜注釈〜

*怒(怒る・おこる)
漢字の成り立ちは、奴(手で労働する女性の奴隷のこと)と心のコンビネーション。本義は、「心をこめて粘り強く労働すること」。それが、「心を強く緊張させる事」や「じわじわと来る心のストレス」になるので、「怒る」と発展したそうです。



*不動明王
日本では、お不動さんの名でよく親しまれる明王(如来のアヴァター)の一尊。密教の根本尊である大日如来の化身、あるいはその内心の決意が具現化したものであると言われています。また、不動明王の起源は、ヒンドゥー教最高神であるシヴァ神にあるとの説が有力なのだそうです。(Wikipediaより) 生まれ育った京都の日蓮宗満願寺は、もともと真言宗の示現山でご本尊は大日如来。東京に住んだ12年を、自宅から最も近い都内唯一の渓谷にある、奇遇にも同じ名前の満願寺庭園の等々力不動尊でお参りし続け、いつの間にかお不動さんに自然と手を掌わせる私がいます。また、ご縁があり最近ある方からいただいたマントラはオムナマシヴァヤ。信仰とは、場所や対象物とは関係がなく、生命を信じて祈る心。大気内に存在する神様、スピリットに護られていることに合掌です。



*PMS(月経前症候群)
PMDD(月経前不快気分障害)と共に、多くの女性がもつ現代病

予防としては、
1.イブニング・プリムローズ・オイル(オーガニックで要冷蔵のもの)を採る
 (漢方薬にも善いものがたくさんあります)
2.カフェインをとらない(市販チョコにも注意)
3.毎日20分程のカーディオ系エクササイズを心がける(私はトランポリンや散歩や小走りする程度)
4.就寝前にカルシウムとマグネシウムを摂取する
等で、症状が軽減されると言われていますね。
外側(内臓も「外側」の一部)からのアプローチで症状が改善されない場合は、ぜひ瞑想や呼吸法なども取り入れてください。




*ビジョンリスト
結婚相手を引き寄せた時もそうでしたが、ビジュアライゼーションをする際は、私自身の経験から、内容を細かくするのが良い時と、大雑把にするのが良い時があります。また、しばらく現実を観察してから、微調整することもしばしばです。このリストに関しては、横線を引いて、追記訂正した箇所がそうです。ここでは説明しませんが、いつか夢の叶え方を記事にしたいとおもいます。[晴れ]





写真でみるビクトリア州の大自然【オーストラリア大陸9000キロの旅】4 [旅・キャンプ]

このの記事は、【オーストラリア9000キロの旅シリーズ】3 ヘップバーン温泉の続きです。


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ここで、旅に出て最初の一ヶ月が経とうとしていました。これまではワークショップの参加がメインだったため、旅とは呼べません。さあ、これから先は、何もない空、真っ白なキャンバス。癒しの旅とはいえ、地図上に目的地はありません。どのルートで、何をして、どう過ごすか、、、。

キャンパーバンでのキャンプ生活に慣れながら旅をしようと、ビクトリア州では国立公園のユーカリの森を、川に沿ってゆっくりと北上するルートをとりました。さ、今回は写真とともに、ビクトリア州の森へとご案内いたします。


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その日泊まるキャンプ地につくと、まずはスピリットレベルで水平な場所を探し、他のキャンパーとよい距離を保って停車します。でも、だいたい私たちだけのことが多いです。


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ガス栓を開け、ルーフを上げ、今夜の寝床を整えた後、私たちを迎えてくれる自然に挨拶と感謝を伝え、散策に出かけます。

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高木が水平に倒れていたのですが、朽ちることなく、枝が垂直に天へと伸びています。森の生命力を感じます。

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こちらも、朽ちたものの腐らず立ち続ける幹。中は空洞になっています。

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火をおこすために薪を集めながら、木の上で寝ているコアラ、やめずらしく歩行するコアラに出会います。

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コアラは、一日の16時間を眠って過ごし、移動することは非常に稀です。また、いびきかコーリングかわかりませんが、非常にけだるい鳴き声を出します。カンガルーやワラビーが顔を出すこともしばしば。

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まだ明るいうちに火を起こして、晩ご飯の準備。シンプルで簡単なものですが、自然の中の、本物の火で調理する野菜の味は格別です。スチュアートは大好きなじゃがいも(←中でも「ダッチクリーム」品種のファン)でご機嫌です。

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美しい夕陽を愛でながら、カンガルーが飛び跳ねて行く姿や、笑うように鳴くククバラや美しい歌声のマグパイに耳を傾けます。今日もいろいろあったけれど、まるでククバラが人間の小さな悩みや争いごとを「ちっぽけだな」と嘲笑しているかのように聞こえ、私たちもいつも真似します。まるで、ラフィング・ヨーガ(布袋さんの笑うヨガ)です。



↓この子達は、バンに腰掛けていた私たちの前で、舞いをはじめました。

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夕暮れ時が近づきます。

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はじめて滞在したキャラバンパークの横、ユランガ湖のサンセット

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まだ11月の春先。夜8時には外は真っ暗で、いつしか満点の星空になった後は、ただただその美しさに見とれて時間が止まります。静かな夜は、風の音、葉の音、動物のかすかな鳴き声以外は何も聞こえません、またや雷雨と嵐の夜は、天体ショー。カーテンをすべて開けて、雷鳴と轟、雨の激しい音に全身で耳を傾けます。

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朝のはじめの光が見えるかその直前に自然と目が覚め、静かに澄んだ空気を深く呼吸。毎朝がまったく違う朝で、当たり前のことは何もありません。毎瞬、毎時、私たちの住む自然環境がどれほど美しいかにため息をつく毎日です。


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地球の自然な流れを感じながら、感覚を研ぎすませて、内成る自然の音を聞いて旅をすると、身体の奥のほうから深くふかく癒されていることを感じます。毎日をそのように過ごすと、「家に住む」のではなく、まずこの「地球上に住んでいる」ことを細胞で感じます。人がつくったものを超越する感覚。壁も屋根もなく、お隣との境界線もなく、社会時間も存在しない。私たちという存在の本質を感覚で教えてくれるのが自然なのでしょう。


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そうそう、この旅に出る前に、旅のエキスパートやシルバーノマド(白髪の放浪者=退職してからキャラバン=トレイラー=モバイルホームで旅する高齢の夫婦)から「できるなら、若い間に旅した方がいい。自然の中で生きる経験をしておいで。」と口を揃えて言われました。仕事が一段落するまで、仕事を退職してから旅するのもいいが、若い頃と比べると気力と体力がついてこない。実際、お金をつくるのを待ってキャラバンを購入し、中にテレビや電子レンジやトイレを完備してペットと旅をすると、家にいるのと一緒だというノマドにたくさん出会いました。キャラバンの中にも入りましたが、確かに快適な家でした。また、夫婦一緒には旅しているけれど、妻が旦那の夢に付き添っているという夫婦にも、それはそれはたくさん出会いました。私たちの小さなキャンパーバンをみて、「うん、うん」と静かに笑顔でうなずくオヤジさんたちの顔が忘れられません。

限られた小さなスペースに、最小限のものだけを載せ、工夫しながら暮らさなければ、ロードトリップは難しい。狭いだけに2人の関係も工夫しなければ、四六時中過ごせません。シルバーノマドたちは知っているのでしょう。その密なスペースがつくり出す濃い空気間は、相手という存在を通して自己と向き合う絶好のチャンスであることを。知っていてる、けれども向き合わずに旅を続けているのかどうかは、私にはわかりません。

美しくワイルドな自然の中で生きる経験は、私たちの(ら)(るべき)そしてカオスな本質の存在に触れる機会も与えてくれました。旅の内容を評価する以前に、毎日ふたりで一所懸命旅をしていました。生きることを一所懸命にする、なんと有難い経験でしょう。


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さあ、また真新しい一日がはじまります。360度、空と大地とハエとアリしかいないような場所をひたすら走って、次はニューサウスウェールズ州へと向かいます。

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