So-net無料ブログ作成
ご挨拶 ブログトップ

2018年 新年のご挨拶 [ご挨拶]

[ぴかぴか(新しい)]お久しぶりでございます[ぴかぴか(新しい)]
新年あけましておめでとうございます。
あ、最後の記事からお誕生日も迎えられたのですね、おめでとうございます。。


最後にアップしたのが2017年お正月だったので、ちょうど一年後の更新になってしまいました。月日が経つのは早いものです。2018年は2日のスーパームーンから始まり、さまざまな天界の動きが目白押しですが、時計芯のまわりが以前にも増して早まっている気がするのは、気のせいでないのかもしれません。

さて、アップせず一年が経過したのには、南オーストラリア州でのオーガニックマーケット主催の仕事を終え、東海岸へと舞い戻ってきた際に、執筆用のマックをエコビレッジに寄付してしまったこと、そしてそれ以来、時間がまったくとれない状態だったことにあります。

ありがたいことにタイピングしているPCは、もうさすがに書かなきゃと思った時に、旦那さんに話したらもう買っていたというラッキーPC。よし、書く時が来た。


20170506_082747.jpg


今はニューサウスウェールズ州のタイアルガムという場所で記事を書いています。
タイアルガムは、楯状火山の(アボリジニ名)Wollumbin(ウォランバン)で有名で、上の写真、我が家(キャンパーバン)の車窓の左端にみえる、山頂がくしゅっと魔女のとんがりハットみたいな姿が特徴です。『山々の長』という意味で、アボリジニが儀式に使ってきた長老と呼ぶにふさわしいエネルギーに満ちあふれた山です。2300万年前は活火山であったと聞いた上で、英語の呼び名がマウント・ウォーニング(『警告山』)。え、休火山?なら富士山と一緒?噴火するかも?と思っている人は私以外にもいるはず。警告山というなんとも重々しい名前の由来はキャプテン・クック。航海中の船がオーストラリア大陸に近づいた際に座礁しないようにと目印にした山だったそうです。日本人はじめ、海外からも多くの観光客が訪れる「パワースポット」でありますが、ペルーのシャーマンのマヌサイとアボリジニの長老アンティ・ミニーも、去年の一月のセレモニーで、毎回といえるほどこの山について言及し、ご祈祷していたところをみると、世界太古の大陸といわれる場所の臍ともいえる存在なのかもしれません。え、日本が世界太古の土地じゃないの?と思われたか方はお読み進めくださいませ ↓ ↓ ↓


26167249_10155961134207673_2016835678799827902_n.jpg
魔女のハット、こちらの方がわかりやすいかな、若干?



話をちょっともどして。。。
以前ちらっと触れましたが、2016年10月1日の誕生日あと、ペルーへ飛んで4週間を聖なる谷で過ごしていました(その話は次のブログで)。地球の反対へ行くなんて興味もなかったのに、結局行くことに。運命には逆らえないものです。


あれ、ウォランバンと山の形似て...ないか
聖なる谷、マチュピチュ
26166001_10155961134477673_5614723389387056618_n.jpg


ぺルーでの神秘体験が、
これまでの身体と心の癒し、それが深まるとともに呼び起こした先祖七代分のツケ祓いや、無意識であるうちに誰もがプラグインしてしまう底なしの怒り、悲嘆や恐怖のエンティティなど、個の体を通して起こった総全体の癒しに、まさかの見事なフィニッシュラインを引きました。闇の経験から知恵を抽出することで、光の経験を受け取る準備ができたというか…それに対してアマゾンのデーヴァが呼応してくれたというか…


もとは自分の身体の痛みと、心の怒りをただお掃除したいがためにはじめた瞑想。
スピリチュアルなことにまったく興味なく、どちらかというと仏教などの「正しい」方法を通して誠実に向き合いたいと思っていた真面目な私が、昔の恩師が言ったことを忠実に信じて毎日瞑想をしつづけた結果、「私こんな人生選んだ覚えない!」と心で叫びつつ結局選んでいるから責任もって歩かなくちゃならないし...ブツブツブツたどり着いたのがペルーだったのでした...

どんだけの長さになるか未明ですが内容ふんだん。次のブログお楽しみに~



cusco.png
≪クスコでラマさん、カメラ目線≫



ペルー帰国後の翌年、2017年1月にはニューサウスウェールズ州にて、以前住んでいたコミュニティからプジャ(浄化の儀式)を頼まれ、250名あまりの参加者の前で地球への踊りを奉納した後に、人々が書いたそれぞれの思いを「火」の要素を使って天へと還す儀式的なものを司りました。儀式なんかやり方もしらないのに、できちゃったのは完全にペルーでリリース&招きいれたものの影響です。

_IMG_0791-1.jpg




続いて3月には、前出のアボリジニの長老衆のひとりであるアンティ・ミニーが家に招待してくれたので、訪ねにいきました。住んでいるのは、オーストラリア本土から橋でつながれた離島。下部写真、中央がアンティ・ミニー。木の精霊が彼女の顔に一直線の光をひいています。

18056734_1230751800355769_4897214883720841625_n.jpg


そんなアンティ・ミニーは、ティーン時代から、ただ肌の色が濃いというだけで、駐禁だとか公共料金の支払いが遅れたとかの理解不能の理由で、警察からオーストラリア中を追われ、監獄にいれられてきました。刑務所に入っていた間、いわゆる「入植した」(住む場所と暮らしと子供たちを奪略した)白人に対して「対等に」ものが言えるように、こっそりとものすごく勉強したそうです(刑務所に入っている間は学校にいけないことわかってて逮捕する政府...)そんな経験から、彼女の娘は「白人教育」を受け大学院まで進学し、アボリジニとして発言できる立場を手に入れたうえで、アボリジニの権利と大地を守るために活動されています。(たった数十年前のオーストラリアですよっ。今も差別は残っています...



↓ ↓ ↓
そんなアボリジニと日本人のつながり??
前置き:私には、何をもって「世界最古」とするのかがわからないのですが、地下世界と天上世界をつなげるポータルをひらく方法を知っている(た)人間(世界各国の原住民族やロシアの “アナスタシア” や神官や司祭など)は、その力をもって超自然的存在や母なる地球や父なる宇宙とつながる(交信)することで、生きていく方法を尋ねたり、豊作を祈ったり、病気を癒したり、調和と愛にあふれれた暮らしたり、支配する側に立ったり、等々と、人類の歴史をつくりあげるのに一役かってきたと思います、、、。そういった地域は世界中に今もたくさんあります。そしていったんポータルがひらくと、場所であっても人であっても、時間とスペースの概念が消失してしまうのです。だから「世界最古」ってどういうことだろな??と興味津々なのです。


アンティ・ミニーは、よく日本人とアボリジニの深い関係を口にします。彼女とはじめて会った一昨年前、彼女に、「私はどうしてこんなにもよくリアルすぎる悪夢を見るのか?」、「どうして日本でなくオーストラリアにいるのか?」と訊いたとき、私にはアボリジナル・ジャパニーズとして与えられた役割がありこのレインボー・サーパント(虹の大蛇=虹の戦士)の大地にいることを説明されました。アンティ・ミニーの話は、松果体(第三の目)が開いていない人にはまったく理解できない上に、私にはとてもうまく説明できそうにありませんが、要はアボリジニの大陸と日本の島は異次元でつながっている、ということなのです。

2016年1月のセレモニー月間で、バイロンベイ近くのブランズウィック・ヘッド裏手にあるボルテックスで火のセレモニーをしたとき、その辺りの地理が少し歪んでいることに気づきました。歪んでいるというのは、川岸の木々が歪んで倒れてかかっている地形であること、森の緑と空気が濃すぎて揺れて見えること、そして、京都貴船神社ほどは大きくないけれどそれと形の似た大きな岩があって(それだけでも色い宇宙)、その中心に溜まっていた水がなんともゆらゆら神秘的で異次元へとつながりそうな歪みでした。まあそんなことパワースポットではよくあるハナシってことですが、どうして貴船神社とブランズウィックがつながっちゃうんだろうなんて思いました。そもそも祈りや信仰深い土地は時代を超えてすべてつながっているんですけどね。いろいろな説もありますが。宇宙の歴史からみれば人類の歴史なんてちっぽけなんで、人類の脳が把握不能であったり不可能と思うことも実はなんでも起こり得るスペースがどこにでもある。ちなみに、アンティ・ミニーの旦那さんは日系人です。


ま、美しいオーストラリアの海をみながら、引き続きBGMとして読んでやってくださいな
Brunswick Heads.jpg
海と川がまじわる地、ブランズウィック

(ノースコーストホリデーパークさんから拝借)


***


アンティ・ミニーの住む島から出たその足で、ゴールドコーストへ向かい、お次は来豪したインドの聖者アンマと四日間を過ごしました。毎日のサトサン(真理を諭す交流会、仏教の法話や講談のようなもの)と一日二回(計5回)のダルシャン(ハグにより恩恵を受けとること)を得られる幸運に恵まれ、母なる地球(Mother Earth)への愛と尊敬を、聖なる母(Divine Mother)であるアンマへ捧げる絶好のタイミングだと、苗木[クローバー]やお花[桜]を寄付してきました。


AMMA.jpeg

いわゆる悟りの境地にいる超人の力-これはサイキックに関するだけの話ではなく、助けを必要な人に手を差し伸べ続ける超人的な体力と気力、そして枯れることのないまぶしすぎる慈愛-を目の当たりにしました。

それは、リトリートの最終日。一般にも無料解放された夕方で、会場はごったがえしていました。アンマは日曜の夕方4時ころに会場に入り、サトサンをしてから7時にダルシャンをはじめ、会場に次々と到着する人たちに恩恵を渡していきました。私は、ダルシャンを受けるのと歩いたりトイレに立ったり以外は、ほぼずっとアンマの前に座っていました。彼女は立ち上がって手足を伸ばすこともなく、お手洗いに立つこともなく、周りにいるボランティアの方から少しのお水を少し飲むというかなめる程度で食べることもなく、朝3時。アンマ率いる世界最高クラスのキルタン(バクティヨガの一種、サンスクリットの宗教音楽または讃美歌)がはじまり、ユニバーサルな愛を語る声はもう美しすぎ純すぎて、身をゆだねるだけで不純なものが心と体から自然と去っていくようでした。キルタンでゆるくなって部屋へ帰る人もいましたが、私はそれでエネルギーをリチャージして、アンマの前に座り続けました。それからダルシャンはまだまだ続き、結局すべのダルシャンが終わったのは、すっかり夜も明けた月曜の朝8時でした。休むことなく13時間。アンマはリトリート終了後すぐ会場から空港へ向かい、南インドへと旅立ちました。ダルシャンを待つインドのケララ州で、到着後すぐ1000人を超す人たちへのダルシャンがあると、アンマと暮らす尼僧女性から聞きました。文字通り超人です。



そんなこんなのイベントを随所に入れつつ、2017年の前半は、ニューサウスウェールズ州からクイーンズランド州の海岸沿いを北上&南下し、パーマカルチャーやシントロピーの学びを深めたり、新しくコミュニティプロジェクトを立ち上げている人たちとつながっていったのですが、なんか途中からそれ自体がどうでもよいという気になり...それよりも母なる地球にどっぷり浸かっていたい想いがどんどんと強くなっていました。自然界の存在がありがたく、少しずつでもできることからとにかくお返しがしたくてしょうがない。「地球に緑を還そう、苗木10000本植えよう」とまで考えていたほどです。キーワードは緑化。モノカルチャーまたは酪農に使われて荒廃し、捨てられた土地に森に還すために木を植えたい。そんな想いが募るにつれ、ペルー帰国後から脳裏をちらちらとかすめていたタイ、なぜゆえにいきなりタイ、でもタイタイのイメージが、どんどんどんどんと大きくなって気づけば5月末日、タイ北部に降り立っていたのでした。

タイのお話は、ペルーのあとでゆっくりと...


26166943_10155961189452673_2244891286842752871_n.jpg
タイの大半を過ごした場所。
魔女のハットは無理、オアフ島のチャイナマンズハットでどう?




2018年、ブログ初めはこれまで。

今年も、オーストラリアだけでなく世界に飛び出して『無我』を生きる記録を日本語脳を駆使して書いてまいります。まだまだ無我世界の新参者ではありますが、同じく魂の道を真摯に生きる方がたとつながれるようなブログが書けるよう、がんばってまいります。


どうぞ今年もよろしくお願いいたします!


nice!(0)  コメント(1) 
ご挨拶 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。